第十五話 夜営
「リョウは?」
「寝たよ。多分ね」
テントも寝袋も買えなかったから、木の幹に寄りかかり毛布に包まるぐらいしかできない。
まあ二日か三日の辛抱だ。
その分、パンは多目に買ってある。
乾燥させた野菜と肉をお湯で煮て、スープ風にする。
ほんと、味付けが足りないね。
「コーンスープが飲みたい」
「お前、俺も飲みたくなるじゃねえか」
「コンソメスープが飲みたい」
「くそめ」
ああ、現代の味がどれほど豊かだったか、身に染みるよ。
せめてコーヒーが欲しい。
紅茶でもいい。
レモンがあればなお良い。
「もうその辺の話は禁止な」
「昭和屋で出てきたら真っ先に買おう」
「アンティークショップのモノなんて期待すんなよ」
「そうだね。でも不思議だね」
「何が?」
マッチ、小箱、大箱、鉄器。
火つながりはあるが、意味はあまりなさそう。
本当にアンティークなんだろうな。
「次に何が出るのかわからない。でも期待してる自分がいるよ」
「それは同じだ。だが、これは商売用と割り切るしかあるまい」
「それはわかっている。でもさ、かなり文明の差があるから、面倒なことになりそうだよね?」
「そうだな。ガラスですら一度も見なかった。文明度で言えば中世よりも前かも知れん。日本なら戦国ぐらいか?」
「それじゃあ時代が合わないよ。戦国時代は十六世紀頃だし」
「そうか。じゃあ鎌倉幕府とかか」
「それよりも古いかも知れない。平安とかね」
だからこそ、慎重に物を売りさばかないと、ヌタさんは狙われる。
金物屋の店主でさえ血の気が多いんだ。
倫理観も考えなきゃいけない。
「明日の朝も早いんだ、お前は寝ておけよ」
「ヌタさんはどうするの?」
「俺か? マッチを買い続けてみる。新しい商品が出れば御の字だ」
「なるほど。まあお金の管理は任せるよ」
これからどれくらいお金がかかるのか。
そもそも、何の目標も定めていない。
リョウを含めて、いつまで三人で居られるか。
先延ばししかしてないなあ。
* * *
特に何の問題もなく朝が来た。
おかげで昭和屋が捗る。
何が出て来たかはお楽しみにしておこう。
朝食を済ませ馬車が出る。
「さて、今日も何事もなければ良いな」
「それは願望? 予感?」
「どっちかな。未明に物音がした。だが何もなかった」
「獣かねえ」
「どうだろうな」
次の休憩地か、夜営か。
何かあるかも知れんな。
「まあ、とにかくヌタさんは休んでよ」
「ああ、そうさせてもらう。だが何かあったら起こせ」
「うん。わかった」
俺よりも王子様の方が耳が良いからな。
馬車の音でどれくらい聞き取れるかわからんが。
「リョウはゆっくり寝られたかい?」
「はい、加護のついた布、あったかかったです」
「そりゃあ良かったね。先はまだある。休めるなら君も休んでおくといい」
「ありがとうございます」
リョウもだいぶ慣れたみたいだな。
俺よりもハゲ司祭に懐いているようで、正直助かる。
子どもの相手なんてできないからな。
まあ、馬車に揺られながら休むとしよう。
* * *
「ヌタさん!」
少しぼんやりしていたのがいけなかった。
気づいた時には御者が倒れている。
「ヌタさん、起きて!」
「どうした!」
「襲われている! 御者がやられて馬車の制御ができない」
「くそ、寝てる場合じゃなかったか」
そういうと、ヌタさんは馬車の後ろから飛び降りる。
「お前は馬車をなんとかしろ。こっちは任せておけ」
「無理しないで!」
返事は聞こえなかった。
だが、次に聞こえてきたのはバイクのエンジン音。
「うあああ」
「ぎゃあ」
二つの悲鳴。
ヌタさんが誰かに叫んでいる。
「リョウ! お前馬車を制御できるかい?」
「やってみます」
僕にはできない。
なので、リョウの安全を確保しながら体を支えてやる。
「どうどう!」
しばらくして馬車が止まる。
「こっちも終わったが、御者は厳しいな」
「こりゃあひどい」
「お前何とかできんか? 祝福で?」
「やってみる」
とりあえず、貫通した矢の矢じりを切り落とし、一気に抜く。
他はかすっただけみたいだ。
「うっ」
痛そうだな。
だが、刺さっていた場所がよくない。
胸だ。心臓ではなさそうだが、肺は貫いている。
このままだと多分ダメだろう。
「この肉体に癒しの光を」
何となく思い浮かんだ言葉を口にする。
すると傷口を中心に光が広がる。
「どうだ?」
「わからない」
「ふさがってないか?」
傷口を見る。
確かにふさがっているようだ。
「すげえな。祝福」
「すごいね」
「ごほっごほっ」
御者がむせる。
だが、息は出来るようだ。
「どうだろうね」
「わからんな。しばらく安静にして様子を見るしかあるまい」
「そうだね。あっちは?」
「あー、あまり見るのはおすすめしない」
バイクになったのはわかった。
なるほど、数百キロの重量物だもんね。
「生きてるの?」
「いや、こと切れてる」
「大丈夫?」
「何が?」
だって、殺したんだよね?
平気なの?
「ああそうか。手を抜いたらこっちがやられるんだぞ?」
「それはそうだけど」
「御者を見ろ、殺しに来てる」
「うん」
「お前は体中に矢を受けたり、切り刻まれたい趣味でもあるのか?」
「あるわけないよ」
「なら無力化するしかあるまい。それに俺は武器もない」
「あ、そうだったね」
確かに現代日本の旅感覚でいた。
「やったのは俺だ。お前は気にすることじゃない」
「いや、僕たちのためにやってくれたんだ。半分は背負うよ」
「その気持ちだけ受け取っておくさ」
ヌタさん、大丈夫なのかな?
* * *
御者さんが治った。
ツルミ様の祝福で。
お坊様かどうかの質問ははぐらかされたけど、祝福が使えるということはお坊様だ。
それも治癒の祝福。
見たことがない。
治癒の祝福があれば、母さんも治ったかも知れない。
だめだ。もう母さんはいない。
その時にツルミ様はいなかった。
ワタヌキは野盗だかの数人を殺した。
当然の報いだ。
御者さんを殺そうとした。
僕たちも狙われていた。
それなら殺されても文句は言えない。
だが、死体を見て驚いた。
まるで何かに押しつぶされたような死体。
ワタヌキは武器を持っていなかった。
ただ、大きな音が聞こえた。
聞いたことがない音。
死体を穴に埋めるのを手伝った。
首だけはボクが切り落とした。
御者さんの証言と首があれば、有名な盗賊なら賞金が出る。
無名だと何ももらえないけど。
ただ、御者さんの仇(死んでないけど)の意味もある。
ツルミ様とワタヌキ。
この人たちは一体何者なんだろう。




