第7話 『 不信の念 』
天守閣。
血の匂いがまだ残るその空間で、桃藤は静かに赤鬼と青鬼へ向き直った。
「……お前たちの言う“鬼”。真の鬼、とでも言おうか。奴らは、どれほどの力を持っている」
赤鬼が低く唸るように応じる。
「数は多くない。だが、我ら合いの子族とは比べ物にならん」
その声に、わずかな怒りと悔しさが混じる。
「力も、残忍さも……桁が違う」
桃藤の眉が、わずかに動く。
赤鬼は続けた。
「お前たちの先祖——桃太郎が島を去った後、鬼どもはさらに力を増した。支配する術も、奪う術も、な」
今度は青鬼が静かに口を開く。
「もう分かっているはずだ。戦わなければ——全てが奴隷だ。人間も、合いの子も……我々の子も、孫も」
そして、最後に。
「永遠に」
言葉が落ちた瞬間、空気が冷えた。
その時だった。
“ギィーーー!!”
天守の外に、鋭い鳴き声が響き渡った。
桃藤はすぐに窓辺へと歩み寄り、大手門の方を見下ろした。
そこには新たな影があった。
合いの子族の群れの後方。その上空から何かが向かってくる。
雉のような巨大な鳥。
その脚に、両手で掴まれている人物が見える。
風を裂き、一直線に天守へと迫ってくる。
「桃太郎の末裔よ!」
鋭い声が響いた。
「我はキビ! 合いの子族の戦士だ!」
キビは大鳥の足から手を離し、天守閣下の瓦屋根へと軽やかに降り立った。
人の形をしている。だが、その気配は明らかに人ではない。
整った顔立ちは人間に近く、女と判断できた。
しかしその目——
冷たく、鋭く、まるで獲物を値踏みする獣のようだった。
キビは屋根の上からすばやく駆け上がり、天守の開け放たれた窓縁へと立つ。
「ゴウキ……なぜだ」
低い声。
キビの視線は、桃藤ではなく赤鬼へ向けられていた。
この赤鬼のような合いの子は“ゴウキ”という名らしい。
「なぜ、こんな弱い人間たちと手を組む必要がある」
空気が張り詰める。
「浜で見ただろう」
その言葉には、隠そうともしない侮蔑があった。
ゴウキは静かに答える。
「数は力になる。それに——この国に流れる血は、我々と無関係ではない」
キビの眉が、わずかに歪む。
「血などどうでもいい。必要なのは、本当に強い力だ」
その言葉は、氷の刃のようだった。
この巨体なゴウキらに太刀打ち出来なかったのは事実。だが桃藤には人間としての自尊心は失っていなかった。
「キビ殿」
静かに呼びかける桃藤。
キビの視線が、ゆっくりと桃藤へ向く。
「鬼たちがここへ来るというのなら——我々には貴殿らの力が必要だ」
言葉を選びながらも、声は揺らがない。
「しかし、我々人間も、決して無力ではない」
その言葉は国を背負う者の誇りでもあった。
キビは無言でその鋭い目を、ゆっくりと外へ向けた。
そして、指を差す。
「あの男は——」
桃藤もその先を見た。
大手門。
そこに、城へと辿り着いた一人の武士の姿があった。
血に濡れたまま、それでも歩みを止めぬ男。
「戦場で死ぬべきだった」
キビの声が、静かに響く。
「生き残ったのは——臆病風に吹かれたからではないか?」
その言葉に、わずかな怒気が混じる。
桃藤は目を細めた。
「あれは……確か、防衛を命じた武士の一人か」
視線の先には、死闘の傷跡が生々しく刻まれた甲冑姿の男——武尊の姿があった。
「人間の無力さを再度見せてやる」と吐き捨てるように言ったキビは、再び窓枠に足をかけてまた大鳥の足に掴み下へ向かっていった。




