第6話 『 集結の気配 』
城下町へと続く道を、武尊はゆっくりと歩いていた。
手に握った短刀は、まだわずかに震えている。だがその震えは、先ほどまでの絶望によるものとは違っていた。
ほんの僅かだが、その足取りに力が戻り始めていた。
脳裏から離れない光景がある。
連真の生首。
血に濡れながらも、なお怒りを宿していたあの目。
そして——
“最後まで戦え”
あの声。
武尊は強く唇を噛みしめ、歩みは止めなかった。
やがて、城下町の入り口が見えてきた。
先ほどまで無人だったはずの町に、ちらほらと人影が戻り始めていた。戸の隙間から覗く者。物陰に身を潜める者。恐る恐る外へ出てくる者。
誰もが怯えていた。
そして、その空気を切り裂くように——
声が響いていた。
「戦える者は城へ! 大名様の命だ!」
武尊が顔を上げる。
道の先。人だかりの中心に、あの青年の姿があった。
数人の町人に囲まれながら、必死に声を張り上げている。
「今すぐ集まってください! 鬼が——真の鬼が来るのです!」
その声は若く、真っ直ぐで、どこか無謀ですらあった。
だが、町人たちの反応は冷たかった。
“違う鬼だと? そんなもん関係あるか……!”
“勝てるわけねえだろ! あんな化け物に!”
“城の連中、気でも触れたんじゃねえのか!”
恐怖と、諦め。
それが言葉となって、次々と吐き出されていく。
“どうせ俺たちを盾にする気だろう…”
“もう終わりだ……この国は……”
誰もが目を逸らし、責任から逃れようとしていた。
武尊は、その光景を少し離れた場所から見つめていた。
——つい先ほどまでの、自分と同じだ。
あの浜で、すべてを投げ出そうとした自分。短刀を握り、自ら終わろうとした自分。
だが——
あの青年の眼差しが、脳裏に浮かぶ。
そして、連真の声。
《《あの言葉》》が、胸の奥で強く響く。
町人たちの声が、さらに重なっていく。
「無理だ……」
「死にたくねえ……」
「戦っても無駄だ……」
——うるさい。
——戦ってもいないのに。
——なにが分かる。
その瞬間。
「……黙れ!」
武尊の声が、場を切り裂いた。
ざわめきが止まる。
町人たちの視線が、一斉に武尊へと向けられる。
武尊は、一歩前へ出た。
短刀を握る手は、もう震えていなかった。
「お前たち——生きる気はあるのか?」
誰も、すぐには答えられない。
武尊は続ける。
「家族はどうした。故郷はどうした」
その言葉に、何人かの顔が強張る。
「どうでもいいのか?」
武尊は、息を吸い込んだ。
「……俺も怖い。怖くて、足が動かなくなる。逃げ出したくなる」
事実だった。偽りのない言葉だった。
「だが——逃げても、何も変わらん」
視線が、町人たち一人一人を貫く。
「連真は……俺の仲間たちは、最後まで戦った。だから、最後まで戦うんだ!」
その声は、町中に響いた。
それは町人たちへ向けた言葉であり、と同時に、自分自身へ叩きつける言葉でもあった。
静寂が落ちる。
誰も、すぐには動かなかった。
だがその沈黙の中で、何かが確かに揺れ始めていた。
青年が、武尊を見つめる。
そして、強く頷いた。
「そうです!」
声を張り上げる。
「戦わなきゃ、何も守れません!」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
人々の間に、迷いとは別のものが生まれ始める。
一人の男が、ゆっくりと前に出た。
震える手で、近くにあった鍬を握る。
「……やってやる」
続いて——
一人の女が立ち上がる。
手には、台所から持ち出したのであろう包丁。
「子供たちを……鬼なんかにやらせるものか」
その目には、恐怖と同時に強い光が宿っていた。
さらに、一人、また一人と。
小さな決意が、連鎖していく。
誰もがまだ震えている。誰もが恐れている。
それでも——
逃げるだけではない道を、選び始めていた。
武尊は、その光景を見つめていた。
胸の奥で、何かが確かに変わっていくのを感じながら。
風が吹き抜ける。
その風は、先ほどまでよりもわずかに温かく感じられた。
集結の気配が、確かに生まれていた。




