第4話 『 戦いの始まり 』
海岸。
その者達が向かう先は分かった。あの二体が向かった場所、吉備津城だ。
これは何だ。
敵なのか、味方なのか。
それすら分からない。
その時、彼らと共に降りてきた一匹の犬が、武尊の前で足を止めた。
汚れた毛並み、濡れた鼻先。そして静かな瞳。
ゆっくりと、近づいてくる。
武尊は反応できなかった。
逃げることも、構えることも。
犬は、そのまま顔を寄せ――
ぺろり、と武尊の頬を舐めた。
「……」
温かかった。
血でも、泥でもない。
確かな体温。
犬は一度だけ武尊を見上げると、何事もなかったかのように踵を返し、群れの中へと戻っていく。
武尊は、ただそれを見送った。
胸の奥で、何かがわずかに揺れる。
恐怖ではない。
それが何なのか――まだ分からなかった。
天守閣。
赤鬼が、静かに言葉を落とした。
「そろそろ他の合いの子族達がここへ辿り着いくであろう」
桃藤はゆっくりと外へとめをやった。
「我らの動きは、隠せぬ。鬼どもも気づく」
桃藤が再び視線を彼らに戻した。
「あと数日もしない内に――ここへ来る」
その言葉は、宣告だった。
猶予は、ほとんどない。
桃藤は、ゆっくりと視線を動かした。
部屋の中。
猿。
鳥。
犬。
それらは荒々しさも、禍々しさもない。
むしろ――
どこか静かで、澄んでいる。
「……その動物たちは、何だ」
桃藤の問いは、率直だった。
赤鬼は、迷いなく答える。
「我らの仲間だ」
その言葉に、嘘は感じなかったが……。
桃藤は、わずかに目を伏せる。
信じるか。疑うか。
暫し目を閉じた後、再びその動物達の瞳を見た桃藤は、しっかりと顔を上げた。
「……おい」
桃藤が家来に呼びかけた。
「は」
桃藤の声が、わずかに変わる。
それは、先ほどまでの静かな諦めではない。
決断の声だった。
「吉備津中の兵を集めろ」
家来の目が見開かれる。
桃藤は続ける。
「いや、戦えるも者……全員だ」
空気が張り詰める。
「剣豪、武士、百姓――構わぬ。戦える者を、すべでだ…!」
家来は、一瞬だけ言葉を失った。
それは、あまりにも大きな命令だった。
「……承知、いたしました」
深く頭を下げる。
その声に、迷いはなかった。
「行け!」
短く、強く、桃藤の声が空間を打つ。
家来は振り返ることなく、駆け出した。
足音が遠ざかっていく。
静寂。
桃藤は、再び彼らへと向き直った。
その瞳には、もはや迷いはない。
敵を見る目ではなく、同じ“戦場に立つ者”を見る目だった。
「……集める」
小さく、呟く。自分に言い聞かせるように。
「戦える者を……」
その言葉は、どこか不安混じりでまだ弱い。
だが確かに――
戦いは、ここから始まろうとしていた。




