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第3話 『血の呼び声 』

武尊の手から、短刀が零れ落ちた。


乾いた音を立て、刃が砂に突き刺さる。朝の光を受け、その刃先がかすかに鈍く光った。




「……はぁ……」




吐き出された息は、もはや戦う者のものではなかった。


力が抜けたまま、武尊はただ前を見ている。


視界の先。




海。




その水平線には無数の船影があった。


最初は霞のように見えていたそれが、次第に輪郭を持ち始める。


一艘、また一艘と。


波を割り、確実にこちらへ向かってくる。




やがて、船が岸に触れた。


音もなく、数多の人影が降りてくる。


それは先ほどの二体と比べると、少し小柄なものだが同じような容姿ではあった。


女の姿と分かる者や、中にはどこか見覚えのあるような人間の顔に近い者もいた。


彼らは無言で、砂浜へと広がっていく。


 


統率も号令もないが、不思議と乱れはなかった。


そしてただ静かに、こちらを見ながら通り過ぎていく。


武尊は戦うことも逃げることもせず、ただその光景を見ながら自分の中に流れる血の音だけがやけに大きく響いていた。


 


――ドクン。


 


――ドクン。


 


それは、恐怖なのか。




それとも。


 


 


 


 


天守閣。


赤鬼は、静かに言葉を続けていた。


「やがて、その種は増えた……」


低く、抑えられた声。


だが、その奥には長い年月の重みがあった。


「今では数百。だが――」


わずかな間。




「鬼らには、敵わぬ」




空気が沈む。


「力も、権も、すべてにおいてな……。ゆえに我らは――」


赤鬼の目が、わずかに細められる。




「奴隷だ」




その言葉は、静かに落ちた。


家来の喉が、ひくりと鳴る。


「そ、それでは……」


声は震え、かろうじて形を保っていた。


「我々も……その、奴隷に……?」


青鬼が、ゆっくりと首を振る。


「……違う」


短く、明確な否定。




今度は桃藤が口を開いた。


「ではー、なにゆえに」




恐怖と困惑が、入り混じる。


赤鬼が、一歩踏み出す。




「戦え」


 


その一言が、空間を裂いた。


「……なに?」


桃藤の声に、わずかな揺らぎが混じる。


「貴様らも同じ血だ」


赤鬼の視線が、真っ直ぐに桃藤を射抜く。




「鬼と戦え。我らと共に、合いの子族を――解き放て」




沈黙。




「……何を言っている」


桃藤の瞳に、明確な動揺が浮かんだ。


「お前たち二人は……鬼ではないか」


その問いは、当然のものだった。


 


だが――


 


赤鬼と青鬼は、互いに一瞬だけ視線を交わす。


 


赤鬼が、はっきりと言った。


 


「我々もーー合いの子族だ」


その瞬間。


空気が、変わった。


「鬼は……こんなものではないぞ」


その言葉には、確かな恐れが含まれていた。


桃藤と家来は、言葉を失う。


これまで“敵”だと思っていた存在が、さらに別の“何か”を恐れている。


理解が、追いつかない。


赤鬼は続ける。


「人間は、どうやら(もろ)いがー、数はある」


一歩、近づく。




「我らと組めば、少しの望みはある」




桃藤は、沈黙したまま動かない。


その瞳には、疑念が残っていた。




「……待て」


やがて、口を開く。




「まだ……信じきれぬ」


わずかに目を細める。


「他に、企みがあるのではないか」


その問いに、青鬼が静かに歩み寄った。


音もなく距離を詰める。




そして――


桃藤の目前で、足を止めた。


その顔を、じっと見つめる。


 


「……今に分かる」


 


低く、確信に満ちた声だった。




その言葉の意味をまだ、誰も理解していなかった。

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