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第2話 『 天守の対峙 』

城門前では、怒号と鉄のぶつかり合う音が絶え間なく響いていた。




「射殺せぇッ!!」




指揮の声とともに、無数の矢が空を覆う。弓弦の鳴る音が重なり、黒い雨のように降り注いだ。


だが――


その中心に立つ二つの影は、まるで揺るがなかった。


赤と青の異様な姿。


矢はその腕や肩に、そして胸に当たるが、それは浅く刺さり、多くは弾き返された。まるで痛みという概念そのものが存在しないかのように、二体は足を止めない。




ただ、ゆっくりと、確実に、天守へと歩みを進めていた。


兵たちの顔から、色が消えていく。


誰もが理解し始めていた。


――この敵は、人ではない。


 




天守閣。


大名・桃藤(ももふじ) 政健(まさたけ)は、静かに座していた。


逃げ惑う兵、踏み潰される命。


そこにあるのは、誰もが体験したことのない戦い出会った。




近習が転がるように駆け込んでくる。


「も、申し上げます! 表御殿、奥御殿とも無力に帰しております!」


肩で息をしながら叫ぶその声は、恐怖に震えていた。


桃藤は、わずかに目を伏せる。


「……そうか」


短い言葉。だがそこには、すでにすべてを悟った者の響きがあった。


外では兵達の鈍い声が聞こえてくる。




近習が一歩、詰め寄る。


「隠し間へ お急ぎください、 まだ間に合います!」


必死の進言だった。忠義ではなく、本能的な叫びに近い。




だが――




「ここでよい」


桃藤は、静かに言った。


あまりにも穏やかで、重い声音。


近習の顔が凍りつく。


「……今、なんと?」


「お前は行け」


 


その一言に、近習の瞳が大きく揺れた。


「なりませぬ! 桃藤様を置いて逃げるなど……!」


声が裏返る。


だが桃藤は、すでに彼を見ていなかった。


 


視線の先。


部屋の片隅に飾られたそれを…。


干からび、黒く縮み、異様に長い爪を持つ巨大な手首。


腐敗したかのような、異形の遺物。


桃藤はそれを見つめ、低く呟いた。


「……まさか、これが本物だったとはな。古き言い伝え…、我が先祖……ももたろう……」


誰に聞かせるでもなく、言葉が漏れる。


「いつの日か、この地へ来るかもしれぬと語られてきたがーー」


一瞬、間を置き。


「今日であったか」


 


――その時だった。


階下から、断末魔のような叫びが響く。


近習が振り返る。


「……来ます! ヤツらが来ますぞ!」


 


次の瞬間。


扉が、静かに開いた。


 


そこに立っていたのは――無傷の家来だった。


息も乱れていない。血も浴びていない。


まるで、戦場を通ってきた者とは思えぬ姿。


 


「どうした!? 奴らはどうした!」


近習が怒鳴る。


だが、その問いは最後まで届かなかった。


 


家来の背後に――現れた。


 


赤鬼。青鬼。


 


空気が、凍りつく。


 


桃藤の目が見開かれた。


「……こ、これが、鬼か」


 


近習の表情が一変する。


怒りと恐怖が混じり、歪む。


「貴様……裏切ったな!!」


 


「違います!」


家来が叫ぶ。


声は震えていたが、それでも必死だった。


「こちらが仕掛けなければ……この者たちは、襲ってはきません!」


 


「戯言を!!」


近習は刀を抜き放つ。


「どけぇッ!!」


 


一歩踏み込み、鬼へと斬りかかる。


 


そのは、瞬間で終わった。


 


何が起きたのか、誰にも分からない。


ただ、次の時には近習の体が宙を舞い、血飛沫が、空間に花のように広がっていた。


 


音を立てて、崩れ落ちる。


 


それで終わりだった。


 


桃藤は――動かなかった。


 


ただ静かに、鬼たちを見据えている。


 


「……何しに来た」


 


赤鬼は答えない。


だが、その視線は、別のものを見ていた。


 


青鬼もまた、同じ方向へ目を向ける。


 


その先。


 


――干からびた鬼の手首。


 


赤鬼が、ゆっくりと口を開いた。


「……昔々」


低く、響く声。


「我らの島へ来た者がいた」


 


一歩、踏み出す。


 


「それは……お前の血の者か?」


 


桃藤は、わずかに沈黙した。


そして答える。


「……おそらく、な」


 


赤鬼の口元が、わずかに歪む。


 


「……ももたろう」


 


桃藤は、静かに頷いた。


「言い伝えであった。だが――ここまで来れば、事実であろうな」


 


赤鬼の声が、さらに低くなる。


 


「その血を引くのは……お前だけではない」


 


桃藤の眉が、わずかに動く。


 


青鬼が、静かに告げた。


 


「我らもまた――そうだ」


 


「……何だと」


 


桃藤の声に、初めて揺らぎが混じる。


 


赤鬼が顔を寄せる。


その距離は、人のそれではなかった。


 


「ももたろうは、鬼と戦い――そして和睦し。その後、しばらく島に留まり……子を成した」


 


言葉が、重く落ちる。


 


「鬼と人の……合いの子」


 


 


その時。


 


天守の窓に影が差した。


 


雉。


 


その隣に、猿。


 


そして戸口には、静かに座る犬。


 


 


桃藤と家来は――言葉を失った。


 


それは、伝承そのものの姿だった。


 


だが、その意味だけが――決定的に違っていた。

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