第27話 『残された者』
武尊は隼人を灰と瓦礫になった吉備津城の元へ連れて行った。
焼け残った石垣の陰、風の当たりにくい場所、そこに亡骸が並べられていた。生き残った者たちが点々と座り、死者の名を呟いている。
それでも町人たちは遺体を運び出し、静かに泣きながら血だらけの布で覆亡骸を覆っていく。
大きな白布からはもう動くことのない、青く太い腕がはみ出ていた。それは大きな体格のソウガだった。
そして、隣にもう一つの小さな亡骸、カカ。
武尊は隼人にこの者達が最後まで黒鬼を道連れにするように落ちていったのだと、天守閣での死闘を語っていった。
隼人はカカの亡骸を見つめる一人の合いの子に気がついた。足に包帯を巻いたキビであった。
共に過ごしていた大焔雉、キギスの羽を握りしめ、カカの短刀を腰に差したまま、無言で炎の残り火を見つめている。
彼女の背中からは、静かな怒りと、飲み込めない喪失が滲み出ていた。
そして数多くの亡骸の中には南條君田の姿もあった。その傍らでは僧兵たちが膝をつき、静かに読経し手を合わせている。
武尊と隼人は近くの張られている仮設の天幕へ向かった。そこにいたのは横たわっている陰栄。彼もまた決戦で深傷を負い、さらには脳震盪で昏睡状態に陥っていた。
重い足取りで来たのはゴウキであった。胸の傷は深く、包帯の下にはまだ血が滲んでいる。
「陰栄の状態は厳しいようだ」
ゴウキの言葉に武尊は陰英を見つめる事しか出来なかった。
ふと隼人が辺りを見回す。
「巴殿は……?」
少し離れた仮の治療所では、幾人かの治療がまだ行われていた。そこから目の前の丘へ歩くと海が目に入る。
一人佇み、そこから浜辺を眺める人の姿。右腕を失った巴であった。
巻かれた包帯は未だ生々しく血で染まっており、その途中で無くなっている右腕からは、黒鬼から残虐に引きちぎられた光景を他の者達へ痛々しく想像させるのであった。
治療所から巴を眺める武尊と隼人。
隼人は片腕の巴の後ろ姿に戦慄を走らせるも「……生きていてよかった」とゆっくり肩を撫で下ろした。
しかし武尊は、自分が一人で黒鬼を追いかけ、途中で意識を失った所為で巴が腕を失ってしまったと自責の念に駆られていた。
人生で弓を引き続けた者にとって、右腕を失うとは何を意味するのか。仲間達は皆それを理解し、共に暗い思いを背負っていた。
近くの寺院では金槍医達が桃藤を囲んでいた。
薬草と血の匂いが強く漂う堂内で横たわっている桃藤の顔色は土のように悪く、胸の上下も浅い。脇では金槍医が布を替え、傷口の様子を見ていた。
眠っている桃藤をしばし無言で見つめる男、松山の姿もあった。
あれほど威厳に満ちていた敵将の姿が、今はあまりにも弱々しい。その桃藤の姿、吉備津の惨状を知っていく松山の表情は次第に険しくなっていく。そして側近の堀川少彦は宿敵の地であろうとこの地の無惨な現状に、静かな怒りが胸の奥で渦巻いていくのを感じていた。
「う…うぅ……」
桃藤の瞼が微かに動いた。
“桃藤様!”と周りがざわつき始める。
その後、生き残った兵士らも寺院に駆けつけた。
武尊は天幕に入り、桃藤の横に膝をついた。
「桃藤様……」
桃藤は薄く目を開け、弱々しく口を動かした。
「武尊……生きておったか……皆は……どうだ……」
武尊は声を詰まらせた。
「ソウガとカカと南條が……死にました。巴は……右腕を……」
桃藤の目がわずかに揺れる。
「そうか……私の策が……足りなかった……申し訳ない」
武尊は拳を握りしめた。
「黒鬼は……逃げました。船で海へ…………追いきれませんでした……」
ゆっくり息を吐く桃藤。
「なら……終わっておらん……鬼ヶ島へ……行かねば……奴らが回復する前に……根絶せねば……」
“こんな壊滅状態の吉備津に何ができる”
後方から聞こえてきた声、それは松山久雲であった。
皆が振り返り、桃藤はまだ大きく開かない目でその姿を見た。
「ひ、久雲…!?」
「日頃の備えを怠っていたのか?」
桃藤は松山を見ておもわず笑みが溢れた。
「そうか、隼人が……やってくれたか」
松山は自分の姿を見て笑みをこぼし、うっすらと涙を浮かべる桃藤を見て少し動揺するのであった。
「なんとも、頼もしい人間が来たな……」と、桃藤は安堵したかのように目を閉じた。
「行ったところでやられては意味がない。島に行く前にこちらの体制を整えればならん。とはいえ、時間もかけられないだろう」
「呉越同舟……こんな事が起こるとは…」
「明日にも遅れて舟、馬と共に大和勢が加わる。夜が明けきれば、生き残ったものを集め、軍議だ」
そこに居る者達は皆、自分たちが生き残っただけで、何一つ終わっていないのだと改めて認識するのであった。
隼人はその場で拳を握り締めた。使者として走り抜けた役目は、ひとまず果たした。だが、その先に待っているものは、焼け跡よりなお深い闇かもしれない。
風が吹き、灰が浜辺にも運ばれる。
その先には、まだ見ぬ鬼ヶ島の海が広がっていた。




