第22話 『血脈の再会』
その存在だけで、部屋の空気が圧迫され、燭台の炎が怯えるように揺れた。
黒鬼の三本の角が月光を反射し、黒紅色の目が桃藤を捉える。
桃藤はミイラ化した鬼の手首を握ったまま、静かに立っていた。
表情に恐怖はない。ただ、静かな覚悟だけが宿っている。
「貴様がー、頭か……〝あの人間〟の血をもった」
黒鬼がやや俯き加減にそう喋った。
その後、ゆっくりと桃藤に視線を向けると桃藤はその悍ましい顔つきに、僅かに顔を震えさせるのであった。
「さよう…」
不適な笑みを見せる黒鬼。
「愚かな合いの子に唆されおって」
桃藤は黒鬼の声を聞きながら左手の親指を刀の鍔に乗せる。
黒鬼は桃藤を見つめながら話し続ける。
「我らはかつて、手打ちをした仲だ。ひとつだけ聞こう…。この砦とりでを鬼ノ砦として譲ってはくれないか?」
「なんだと?」
「権力とは何か、それを見せつけるモノがこの島でも必要でな」
「戯けた事を…!外道な種族め!過去に根絶すべきであったぞ!我が先祖よ」
桃藤がミイラ化した鬼の手首を離し、抜刀した刀でそれを突き刺した。
「貴様もこうなる」
「そんな虚弱だった我が先祖は…、鬼とは言えん。鬼とはこういうものだ」
その瞬間、黒鬼の体が、まるで駆け抜けてくる馬のような速さで桃藤に向かってきた。それと同時に桃藤の横の障子から突き破ってくる赤い影が黒鬼に衝突する。ゴウキ──赤鬼の合いの子族の戦士。
二人は勢いを落とさず、天守の柱に激突した。
「グオオオオオ!!」と今までにない程の怒号を上げるゴウキ。その拳が黒鬼の顔や胸に叩き込まれる。黒鬼は殴られながらも喋り続けた。
「合いの子族などもういらん。駆逐してやろう」
ゴウキはその場で飛び上がり、天井へ掴まると、今度は数名の武士と合いの子族の戦士たちが障子の陰から飛び出し、槍と刀を黒鬼に突き刺していく。
黒鬼は〝グググッ〟と立ち上がっていく。
「ぬ、抜けぬっ!」
そしてそのまま自分の体を振り回し、戦士達を振り飛ばした。
桃藤は刀を構えつつも後退りしてく。
「な、なんと、ここまでとは…!」
「グオオ!」とゴウキが歪で研がれた合いの子の短刀を取り出し、黒鬼の首を目指して飛び乗ったが、瞬時に捕まれ、そのまま床に馬乗りされてしまった。
「ぐっ!」
「力でこの俺に勝てるとでも?」
ゴウキの短刀の先が、今度は己の首へと近づいていく。
「う、うう…」
黒鬼が素早く左腕を後方へ向けた。
〝キーン!〟と高い衝撃音が響く。桃藤の刀と黒鬼の爪が交わる。
〝ギギッギギッ〟と、その爪を少しずつ刀が削っていく。
「ほう、人間がなかなか素晴らしいモノを持っているではないか」
黒鬼の指から血が一滴滴り落ちた。
自分の血を久々に見たのか、黒鬼が目を細めると素早くその場から回転し、近くにいた合いの子の目の前へ移動する。
「!?」
即座に反応できないその合いの子を掴み上げ、振り回す。
「フンッ!」と天守閣にいる武士らへ当て散らし、次から次へと天守の外へ飛ばされていく戦士ら。
カカは部屋の隅で屈み、震える膝を抑えながらこの激しい死闘を見届けていた。
桃藤とゴウキ以外の最後の一人が障子を突き破って飛んでいくのと入れ替えるように突入してきた人物――キビ。
「ん!?」
そのまま黒鬼の股を滑り抜け、足首に短刀を突き刺す。
「ちっ」
しかしそのままキビの体は捕まれ、天守の柱へと投げ飛ばされる。
柱にヒビが入るほど勢いだったが、力強く立ち上がるキビ。その視線は部屋の隅で身を潜めているカカにも向けられていた。
「おのれ、カカ……」
「今は黒鬼に集中だ、キビよ」と、厳しい表情の桃藤。
〝かがめっ!〟
その声と共に、天守の階段から小さな玉が黒鬼の顔面に向かって投げられた。
――鳥の子(煙玉)だ。
黒鬼の目の前で〝バンッ〟と割れた瞬間、
天守閣の階段から素早く突入する武尊、陰栄、正兵衛の三人。
「ぐっ、また鼠が増えたか」
三人は慣れた連携で黒鬼を攻める。
目潰しをくらった黒鬼は武尊の刀、陰栄の薙刀で傷を増やすが膝をつく様子はなかった。
「此方へ集結せよ!」
その桃藤の言葉を聞き、桃藤の元へ集まる一同。
「よくぞここまで来てくれた。どうにかして皆で西方の廻縁から彼奴を突き落とすんだ…」
「西方…?」
武尊と陰栄が目を合わす。
「もしや、城前にあったあの巨大なモノは……」
城の下では合いの子族らが、竹と鉄が入り混じったその猛々しく鋭い大きな棘を上に向け担ぎ始めていた。
「よし、全員動きを揃えるんだ!」
そこには、合いの子族に混じり、号令をかける人物――刀鍛冶の鉄蔵の姿もあった。
「来い…、黒鬼」
――天守閣――
「狙うは奴の…視覚」
桃藤の静かな言葉が皆の耳に入る。
「この策を成し遂げる為に、まだ言っていない事がある」
「…なんだ?」とキビが問いかけた時だった。
視界が戻った黒鬼が突進してきた。
「散れ!」ゴウキの声に散らばる一同だが、武尊は桃藤と共に黒鬼の爪を刀で受け止めていた。
「ぐぐ……」
その右腕に後方から縄鏢を飛ばし、絡ませる正兵衛。それに気を取らせた所でゴウキが突進し、自身の角で脇腹を刺す。さらには、キビと陰栄が刃で膝に傷を増やしていく。彼らにとっては初めての共闘であったが、其々の意識や目的が一つとなり、見事な団結力を見せていった。
「軟弱なくせに厄介な武具を持ちよって…」
苛立ちを露わにする黒鬼に桃藤が刀を向ける。
「武器だけだと思うか?」
中央――ソウガ班
鬼は少数となったが、武士ら合いの子族の勢力も鈍っていき、戦いは拮抗していた。
その状況下でソウガは城の天守閣に目を向けていた。
「……」
「テメェ!集中しやがれ!」
鬼の返り血で汚れた眞栄田がソウガに怒鳴る。
「……眞栄田よ、すまん」
ソウガは体を城の方へ向け、走り出してしまった。
「おい!畜生、どいつもこいつもいなくなりやがって…!」
絆岳はそのソウガの背中を見ながら自分の矢に目を向ける。その矢の先には油が塗られた布が巻き付かれていた。
裏門――南條班
陰栄が抜けた裏門だが、鍛えられていた僧兵の結束力で残り少ない鬼らへ攻勢にでていた。しかしー
「ゲホッ…」
高齢の南條は戦いで負った傷も深くなり、両膝をついていた。
「南條よ!潜んでおれ!」
駆け寄った巴の影に覆われる南條。
「…巴よ、お主に告げる事がある」
「なんだ」
「桃藤様は…、ある策を練っておる」
「策?」
「ああ、必ずや成し遂げる為に、僅かな者にしか言付けされていない事だ…」
巴がゆっくりと南條へ振り返る。
南條は今にも閉じそうな目で巴を見つめていた……。




