第20話 『震える体』
武尊は息を切らしながら、城に繋がる石畳の道を駆け抜けていた。
城内はまだ静けさが窺える。
刀を腰に差した手が汗ばみ、心臓が激しく鳴る。
「はぁ、はぁ、黒鬼が侵入したとしたら、どうやって来たんだ」
突然、前方の曲がり角から、足音が聞こえてきた。
武尊は刀を抜き、身構える。
「くそ!出たか!」
出てきたのは、鬼の返り血で顔が汚れた僧兵──陰栄だった。
「武尊殿?」
武尊の肩の力が抜ける。
「南條班か。お主は確かー」
「陰栄と申す、裏門から参った」
薙刀を握り、息を荒げているが、目は鋭く燃えていた。
「裏門は!?」
「苦戦を強いられているが、巴殿と老師様の牽引のもと、なんとか対抗している」
「お主も雉の声で城内へ参ったか、向かうぞ」
二人は並んで走り始めた。
回廊は敵を混乱させる為、迷路のように入り組んでいる。人間でも少し迷う程だ、きっと鬼が来ても容易く辿り着くとは思えない。しかし武尊は走りながら少し異変を感じていた。侵入者を矢や石で防御する虎口や狭間から人影を感じなかった。
「……やはり何かが起きて内へ向かったか」
二人は城の目の前まで辿り着くと、異様なものを目撃する。
「な、なんだ、これは……」
人の何倍もある巨大な謎の塊。
それは鬼の角を巨大化したような、先端の鋭く尖った棘。見るからに恐ろしいそれは、竹と鉄が混じり合ったような素材で、緻密な作りが見受けられる。
その時だった。
〝ぐあああ!〟
城の初重で人の叫び声が聞こえた。
「!?」
二人が中へ駆けつけると小柄の鬼が、数人の城兵隊の最後の一人に深い傷を与えていた。
城兵を投げ飛ばし、その鬼はこちらへゆっくりと振り返る。
武尊が抜刀し、切先を鬼へ向けた。
「黒鬼の側近か!どこから侵入した!」
鬼はニンマリとし、「ほぉ、バカな人間ども、まだ知らんか」と呟いた。
「なに!?」
するとこちらへ突進してくる鬼。
武尊と陰栄は、先ほどの鬼との対峙で学び得た鬼の動きを思い出し、なんとか鬼の攻撃を躱していく。
「く、表の鬼より素早い!」
「武尊殿!挟んで同時打ちだ!」
二人は鬼を挟み、攻撃のタイミングを見計らう。
鬼も今までの城兵との違いに気づくが、余裕の表情には変わらない。
鬼の爪が武尊の方をかすめ、甲冑に深い爪痕をつける。膝をつき、刀を落としそうになる武尊。
「くそ、こんなところで」
陰栄が薙刀を回転させ、鬼の右爪を弾くが、横から左手が陰栄の脇腹を狙う。
薙刀が辛うじて受け止めるが、衝撃で陰栄の体が吹き飛ばされ、壁に激突する。
「合いの子族の力無しで勝てると思うのか?」
「人間を…甘く見るなよ…」
刀を握りしめる武尊。
〝ゴトッ!〟
鬼の足元に一つの玉が投げられた。
「ん!?」
奇妙に思った武尊と陰影だが直ぐに彼らはそれが何か理解できた。
「なんだ?この石ころで何ができる」
その玉には短い紐が見え、武尊はそれが何か理解した。
「陰栄!」と叫び、伏せる武尊と陰栄。
〝バンッ!〟
――鉄火砲だ。
鬼の指が吹っ飛び、唸りを上げる。
「突き刺せ!」
後方から聞こえたのは正兵衛の声だった。
煙の中に突っ込んでいく二人。陰栄の薙刀が鬼の足首にめり込み、武尊の刀が鬼の喉を掻っ切った。
血飛沫が舞い、鬼はその場に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」と息を切る二人の前に現れる正兵衛。
「人間様を怒らせたら鬼より怖いぞ?」
「正兵衛、来ていたか…、助かった」
「助けたんじゃねぇ。このなめた鬼どもを殺したいだけだ。キビの奴が先にここに向かったが俺だって黒鬼を殺めてやりてぇさ。この人間の手で…」
正兵衛からは、眞栄田とはまた異なる、冷酷な浪人の威厳を感じた。
正面の戦力が心配だが、庄兵衛の存在によってこの鬼を殺せたのも事実。武尊は人間の力だけで鬼に打ち勝った事に武者震いを起こしていた。
あの浜辺で合いの子のゴウキやソウガに太刀打ち出来なかった日…。そこから稲妻のように体で感じる人間達の躍進力。ある意味、正兵衛の言葉通り、人間の怖さにも少し動揺を感じるのであった。
「いくぞ……、天守閣に」




