第19話 『死闘に陰る黒い動き』
戦いの音が城全体に響く中、天守閣の近く、人気のない木々の中で一つの影が動いた。
カカだった。
彼は震える手で、焦げた黒い布を握りしめていた。
それは、鬼に情報を伝えるための符──かつて裏切りを証明したものと同じ。
武尊の〝仲間は沢山いる〟という言葉、桃藤の信頼、キビの冷たい視線、ゴウキの静かな期待…。そんなものを全て吹き飛ばしたような冷酷な目をしたカカ。
彼から滲み出るのは、母の死に際の叫び声、父の奴隷として朽ちた姿、そして黒鬼の甘い約束。
「俺は…生き残りたいだけだ……」
カカは呟き、森の中へ入っていった。
そこ居たのは
──黒鬼。
他の鬼よりも筋肉質で、肌は漆黒、角は三本に分かれ、目は燃える炭のように赤い。その存在だけで、空気が重くなるようだった。
カカは膝をつき、頭を下げた。
「約束通り、道を開きました」
黒鬼は低く喉の奥で笑った。
声は地鳴りのように響く。
「よくやった、カカ。お前は我らのものだ」
黒鬼の巨手がカカの肩に優しく置かれる。
「天守閣への最短の隠された道を見つけました」
「桃太郎の血を引く者が?」
カカは静かに頷き、黒鬼を導く。
ひとけのいない石垣の元へ歩いていく二人。
「この石垣の内側に上へ繋がる道が」
「ほう」
黒鬼がカカの体を掴み上げ、ガガガッと石垣を登っていった。そしてあっという間に柄も上り、城内へと飛び降りた。
黒鬼の身体能力に驚きを隠せないカカ。
「さて、次は?」
「あそこに隠し扉が…」
カカが指を刺した先の城壁の一部に、人がひとり入れそうな枠が見える。
壁と同じ色だがその僅かな枠組みで扉とわかる。
「本来は、あそこに入ればそのまま天守閣へと繋がる道となるのですが、黒鬼様の体では入れませんので、この真上の中間あたりから壁を突き破ればー」
「そんなまどろっこしい事はしない」
「……?」
「この真上なんだな?だったら壁を登っていく。数秒だ」
「そ、そうですか」
その時だった。
〝ギー!ギー!〟とけたたましい音が響いた。それはキビの巨鳥、雉の鳴き声だった。
「く、ばれた!」
そう言って上を見上げるカカに黒鬼がゆっくりと喋る。
「慌てるな、お前はここにいろ」と庭の茂みにスッと入っていく黒鬼。
一気に城内が騒がしくなる。
「そこにいるのは誰だ!」
城内の回廊で警戒を強めていた武士の一団が駆け寄って来た。
カカの顔を見た武士たちは目を見張った。
「合いの子か…?何を──」
その瞬間、茂みから黒い影が上空へ飛び出した。
「何だ!」
薄い月光で武士達はその影が何か判断出来なかった。その一瞬の間に、数人の武士が影に吹っ飛ばされていった。
「お、鬼だ!」
抜刀する武士らを背に、黒鬼がゆっくりと振り返った。
「これが桃太郎の種族か……、こんなモノに…」
「ぐっ……」
目の前に立つ黒鬼の に、一瞬怯むも攻め込む武士達。黒鬼は堂々と前から突っ込み巨手を振り下ろす。
先頭の一人が黒鬼の右腕の一閃で吹き飛び、壁に叩きつけられ、左腕でもう一人の武士の胴が裂かれ、血が噴き出す。
カカはその光景をじっと見ていた。
中央──武尊班
中央では多くの町人、武士達が倒れていた。しかしその犠牲を出しながらも、用意していた罠へ確実に鬼達を仕留めていった人間達の技によって、鬼の数は着実に減っていた。
「いける…いけるぞ…」
深い息を吐きながら武尊がつぶやいた。
「おらああああ!」
眞栄田利家が、鎖に絡まり弱った鬼の首へ刀を突き刺し、更に上から絆岳の弓矢が頭に突き刺さる。
「矢を回収せねば……」と絆岳の矢筒には数本の矢しか残されていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、あと何体だ!」と眞栄田や武士らの戦声が響く中、上空で大きな影が見えた。
〝ギィィィ!!〟
鋭く、切迫した鳴き音が夜空を切り裂いく。巨大な雉の声──キビの相棒が、必死に羽ばたきながら叫んでいる。
警鐘だ。
城内に、何かが起きた。武尊は直感でそう思った。
「城内だ……黒鬼が、城内に入ったかもしれない!眞栄田、絆岳、この場を頼む!」
武尊は刀を鞘に収め、一目散に城内へ駆け出した。
城内、天守閣には桃藤様とゴウキが居るが、主な戦士はほぼ人間達で構成されている。
浜辺での死闘、連真の生首が脳裏をよぎる。仲間達の死を無駄にしたくない──その思いだけが、武尊の背中を押していた。
右翼──キビ班
鳴き声は、右翼の路地にも届いていた。
傷だらけのキビが縄鏢に引っかかった鬼の首を斬り飛ばし、息を荒げていた。
「はぁ、はぁ、中へ入ったか…」
キビは即座に判断し、〝ピーー〟と指笛を鳴らすとその雉は低空を滑るように降りて来て、キビの両腕を優しく掴んだ。
「正兵衛!この場は任せた!残りを片付けろ!」そう言い残し、強く羽ばたく雉とともに城の方へ飛んでいくキビ。正兵衛は薄く笑い、短刀を逆手に握り直す。
「ちっ、人間に頼むなんて随分と見換えったもんだ」と、背中でキビを睨む正兵衛であった。
中央――
絆岳康乃は屋根の上で最後の矢を放ち、鬼の目を射抜いた。だが、次の鬼が屋根を蹴破り、巨体を躍らせて彼女に襲いかかる。
「くっ……!」
絆岳が刀を抜こうとするが、間に合わない。
「すまない、巴殿……」
爪が空気を切り、絆岳の喉元を狙う。
その瞬間──青い影が横から飛び込んだ。
ソウガだった。
彼の刀が鬼の爪を受け止め、衝撃で鬼と共に地面へ落ちていく。ソウガの肩の傷が再び裂け、血が滴るが、表情は変わらない。直後に生き残っている合いの子族達もその鬼へ覆い被さった。そしてソウガの刀がグググッと鬼の心臓を貫いていく。
絆岳は屋根から転げ落ちそうになりながらも、なんとか体勢を立て直した。
「助かった……、ありがとう」
ソウガは振り返らず、周りの合いの子族達へ矢の回収を命じた。そして周囲を見渡し叫んだ。
「阿呆な鬼の数が減ってきたぞ!全員、城付近中央へ集まるんだ!ここで一気に片付ける!」
その声に応える喊声が上がり、右翼から鬼を惹きつけるように正兵衛ら少なくなった武士と町人たちが駆けつける。
左翼から残った合いの子族と犬・猿たちが雪崩れ込む。一致団結した人間と合いの子族の軍勢が、残った鬼たちへ向かって、ゆっくりと、確実に距離を詰めていく。
裏門――南條班
僧兵の数は半減し、息も絶え絶え。巴率いる弓隊も四人までに減っていた。
陰栄は鬼の返り血がついた顔を上げ、静かに口を開く。
「あと、3体……」
まさに拮抗した状況の中、近くに居た巴が声をかける。
「陰栄と申したか。どうか城内に入り、天守へと向かってくれないか」
「そ、某が?」
「あの雉の声はきっと中で何かあったであろう。弓は室内だと多少不利になる。ここを片付けたら後を追う」
「仲間達をおいてはいけぬ!」
陰栄の背中に手を当てる者がいた。
南條――
「仲間達の為に、行ってくれ」
「……老師様」
「油断なかれ」そう巴が言うと、南条と共に、陰栄を背に進んでいってしまった。
陰栄は振り向き、城を見上げた。
「黒鬼が出たか、待っておれ……」




