第18話 『裏門の修羅』
霧の切れ間から、城の裏門がぼんやりと浮かび上がる。
吉備津城の北側、普段はほとんど使われぬ裏門前。
そこに、南條率いる僧兵五十余名と、馬を降りた巴の弓隊残存者が、息を潜めて待ち構えていた。
南條は静かに数珠を握り、目を閉じていた。その瞼の裏で武尊達の死闘を感じながら。
南條の寺の先達でもある僧兵・陰栄が先頭に立つ。僧兵たちは長刀や薙刀、鉄槌を構え、篝火の光に照らされた顔はすでに死相を帯びている。彼らは寺院の戦士──戦国を生き抜いた、祈りと刃を等しく信じる者たちだ。
巴は弓を背負い直し、傍らの老練の弓兵・与一に目配せした。
浜辺での死闘を潜り抜けた彼女の顔には、疲労など見えず、燃えるような闘志が宿っていた。
南條がゆっくり目を開ける。
「やはりこちらにも……来る!」
南條の低い声が響く。
弓隊の残存者、わずか十数名ほどが、彼女の横に並び、僧兵らが武器を構えた。
地面が震えた。
霧の奥から、黒い影が五体、六体と増えていき、十数体にまで増えた。
中央と左右の戦場を避け、城の裏手を狙った鬼の別働隊だ。
「ん!?」と弓を構えた巴が目を細めた。
その鬼達は、正面の鬼達よりも一回り小さいが、動きが異様に速い。
角は短く尖り、赤い目は冷たく光る。
南條を見た先頭の鬼が嘲笑う。
「祈りで我らを止めるつもりか!」
爪を地面に突き刺しながら突進してくる鬼達。
「放て!」
巴の号令で、弓隊の矢が一斉に放たれる。
強化された矢尻が鬼の皮膚を貫き、黒い血が霧に飛び散る。
だが鬼は止まらない。
先頭の鬼が矢を浴びながらも僧兵の列に飛び込む。陰栄の攻撃を躱いた鬼は隣にいた僧兵の首を、爪の一閃で跳ね飛ばした。僧兵の体から飛び出た血が霧に弧を描いた。
「南無阿弥陀仏…!」
南條も立ち上がり、薙刀を構える。
僧兵たちが一斉に喊声を上げ、鬼に襲いかかる。数で鬼を制圧していく。犠牲が出ながらも薙刀が鬼の体を切りつけ、長刀が脇腹を突く。
鬼の皮膚に刃が弾かれる音が連続する。
巴が叫ぶ。
「急所を狙え! 首と足元だ!」
巴と与一を残し、横に並んでいた残存弓兵等も弓を捨て、腰の刀を抜いた。
一斉に一体の鬼に飛び込み、刀を首筋と足首、膝に突き立てる。
鬼が咆哮を上げ、爪を振り下ろすが、巴の矢が透かさずその鬼首へと突き刺ささった。
「んぐっ!」
「今だ!」
陰栄の薙刀が一体の鬼の首を刎ねた。
南條は経を唱えながら後方で構え続ける。
鬼はまだいる。
素早い鬼の二匹が同時に僧兵の列を突破し、裏門の扉を叩き始める。
木が軋み、鉄の補強が悲鳴を上げる。
「門を死守せよ!」
巴の声に、僧兵たちが壁を作り、門前の鬼二体をなんとか押しのける。
巴は与一と共に高台へ上がり、再び弓を構えた。
矢が降り注ぎ、鬼の動きを鈍らせる。
僧兵たちは死に物狂いで槍を突き、薙刀を振るう。罠の無い裏門での戦いは代償が大きかった。
一人が鬼の爪に貫かれ、別の者が鬼の牙に噛み砕かれる。鬼達の体にも血が多く見え始めたが、僧兵達の数もそれに伴い減っていくのが目に見えて分かっていった。
裏門前は、血と祈りと断末魔に満ちていった。
群をすり抜けて来た一体の鬼が南條と対峙する。
南條は薙刀を振り下ろすが素早い鬼は躱していく。与一は狙われている南條に気づいたが鬼の動きに弓を合わせられずにいた。
鬼は屈んだのと同時に南條を蹴り飛ばし壁へ叩きつけた。
南條の胸からはその足の爪で傷つけられ、血が滴り落ちていく。
鬼が叫び、南條へ駆け寄ろうとした時だった。
弓を捨てた与一がその鬼へ飛びつき、首元へ脇差を突き刺した。
「ぐっ!」と怯んだ鬼だが、すぐに与一を地面へ叩きつけた。
「愚かな人間め」
鬼は鋭い爪を出した腕を、与一の胴へと突き刺した。
「ふぐ!!」
その声に気付き、振り返る巴。
「与一!」
左右から鉄槌を打ち当て、崩れたところへ巴の矢が鬼の額に突き刺さる。
直ぐにその場へ駆け寄ったが巴だったが与一は即死だった。
「……与一よ、その命、無駄にはせんぞ」南條がそう言って立ち上がった。
巴は鬼の首に刺さった与一の脇差を抜き取り、与一の元へ添える。そして側にいた僧兵等へ南條の護衛を頼み再び修羅場へ向かった。
「あいつは……どこへ行った」




