第17話 『左右の牙』
霧が深く立ち込める城下町の左右、鬼の群れは中央の罠を避け、傲慢に分断された。
南條の策通り、鬼たちは単独の力を信じ、互いの連携を欠いたまま左右の路地へと雪崩れ込んだ。しかしその傲慢が、今、致命的な孤立を生もうとしていた。
右翼──キビ班
狭い路地を埋め尽くすように、七体の鬼が黒い影となって突進してくる。
先頭の鬼は体躯が特に大きく、ねじれた二本の角が月光を跳ね返し、赤い目が餓えた獣のように輝いていた。
「来るぞ!構え!」
キビの鋭い声が響く。
彼女の班は合いの子族の戦士二十七名と、急ごしらえで集まった数十人の町人たち、そして──
一人の異色の男が加わっていた。
彼の名は濱崎正兵衛。
かつて桃藤により没落された武家の男。その後、盗賊稼業で名を馳せたがついには召し捕られる。指先は器用で、足は風のように速く、多彩な投擲武器を得意としている。
鬼の襲来の報を聞き、牢から釈放される条件でこの戦に加わった。
「借金は戦で返す」と笑い、桃藤に頭を下げた男だ。
正兵衛は路地の屋根の上、瓦を踏みしめ低く身を伏せていた。
手には盗賊時代から愛用の縄鏢。先端に鉄の鉤をつけた鎖縄が、静かに揺れている。
「人間ごときが、我らを足止めできると思うか!」
先頭の巨鬼が咆哮し、路地を埋める町人たちへ向かって突進した。
キビが町人らの前に飛び出し、歪ながらも鋭く磨がかれた刀を抜く。
「生意気な!」と鬼が爪を剥き出し、腕を振りかざした。
キビの刀が巨鬼の爪と激突し、火花が散った。衝撃でキビの足元の土が飛び散る。
鬼の力が押し返し、歯を軋ませながら耐えるキビ。
その隙を、正兵衛が見逃さない。
「今だ!」
屋根から縄鏢が飛ぶ。
鉄の鉤が鬼の右足首に深く絡みつき、正兵衛がピンと張った縄を全力で引いた。
鬼の巨体が大きく傾く。
「ぐっ!?」
巨鬼がよろめいた瞬間、キビの刀が閃いた。
首筋の硬い皮膚を裂き、黒い血が噴き出す。
「一匹目!」
キビが叫ぶと同時に、他の合いの子族が左右から飛び出し、槍や刀を突き立てる。
町人たちは恐怖に震えながらも、鍬や槍を握り、網を投げ、鬼の動きを封じていく。
他の鬼らが怒りに燃え、路地の壁を蹴壊しながら迫る。
正兵衛は屋根から屋根へ跳び移り、短刀を逆手に構える。
「貴様らの首は金よりも価値がありそうだ」
彼は一匹の鬼の背後へ音もなく着地し、短刀を鬼の膝裏の腱に突き刺した。
鬼が咆哮を上げて振り向くが、正兵衛はすでに縄を投げ、次の屋根へ移っていく。
キビらの狙い通り、鬼たちは互いに距離を取られ、連携を欠いたまま次々と網に絡め取られていく。
正兵衛の縄鏢が、鬼の角に、腕に、足に絡みつき、動きを乱す。そして町人たちの投げた網が、鬼の巨体を地面に縫い付ける。
「この…小賢しい人間どもがぁ!」
一体の鬼が網を引きちぎろうと暴れるが、その隙にキビが飛び込み、刀を喉元に突き立てた。
黒い血が路地を染め、鬼の咆哮が途切れる。右翼の路地は、血と霧と喊声に満ちていた。
左翼──ソウガ班
一方、左側の路地ではソウガが静かに青い肌を霧に溶けさせ、待ち構えていた。
彼の班は合いの子族の戦士が主で、動きの俊敏さを活かした奇襲を得意とする。
鬼の群れが八体、壁を蹴破りながら突入してくる。
「来る」
ソウガの低い声。
彼の背後では、猿や犬たちが木陰や路地の影に潜み、静かに息を潜めていた。
先頭の鬼がソウガを見つけ、嘲笑う。
「合いの子ごときが……我らに刃向かうか」
ソウガは無言で刀を抜く。
青い刃が霧を切り、鬼の爪と激突する。
「ぐっ!」
一撃でソウガが後退するが、それは計算された動きだった。
鬼が追撃のために前進した瞬間、路地の両側から猿の群れが飛び出し、鬼の顔にしがみつく。犬たちが足元に飛びかかり、爪を立てる。
「このっ、下等な獣どもが!」
鬼が猿を振り払おうとするが、その隙にソウガが横に回り込み、刀を鬼の脇腹に突き刺した。
黒い血が噴き、鬼の動きが一瞬止まる。その隙に他の合いの子族が一斉に飛び出し、槍を連打する。
後方から二体の鬼が同時にソウガへ襲いかかった。
ソウガは刀で一体を受け止めながらも、もう一体の鬼の爪がソウガの左肩を突き刺した。
「んぐううう!」
それでもソウガは地面を蹴って跳んだ。
着地と同時に、背後から傷だらけの犬が鬼の足を噛み、バランスを崩させる。
「フンッ!」とソウガの刀が閃き、一匹の鬼の首を刎ねる。
黒い血が霧の中へ飛び散り、重い音を立てて巨体が倒れた。
残りの鬼達が怒りの声を上げるなか、ソウガは自分の血を拭いもせず、静かに次の鬼を見据えていた。
ソウガのその目は、未だかつて抗った事のない相手に対抗し、戦っている自分たちの力に昂りを感じさせる眼差しだった。
中央では武尊らが罠の鬼たちを仕留め、絆岳の弓が上空から援護を続ける。その死闘を背後で感じながらキビは鬼の攻撃を避けていく。
彼らは戦いながらも、同時に気にかけている事があった。
〝親玉の黒鬼はどこだ…!?〟




