第15話 『迫り来る黒影』
霧が濃く立ち込め、冷たい海風に包まれる夜明け前の浜辺。三日月の薄い月光が辛うじて当たりを照らしている。いくつもの刀が連真達の墓標として地面に刺さっている浜辺。
その端の少し丘になっている場で、巴と二人側近、老練の屋島与一と女弓兵の絆岳康乃が率いる50人程の弓隊が腰をかがめて息を殺して海を見つめていた。部隊の一人が巴の元へ駆け寄る。
「巴殿、彼方の方に…」
その弓兵が指を刺した方向に何やら黒い影が見え始めた。
「あれか……、前から来たな。よし、与一班、絆岳班、位置につけ」
巴の指示に散らばる射手たち。
暗い霧からいくつもの黒い塊が見え始めた。それ程大きな物ではないが、それは合いの子達が乗って来た船とも違い、歪な形像をした物だった。その影が2、3、4と増え始め、霧から見える頃には10を優に超えていた。まるで地獄からの使者のようにも見えるその光景に、常に泰然自若としていた巴にも動揺した表情が窺えた。
「こ、これが鬼の船か。この数では誘導にも限界があるかもしれん、覚悟していけ」
異様な光景と巴のその言葉に、近くにいた弓隊らにも更なる緊張が走る。
「合図をするまで待て」
その船が黒いせいか、あるいは鬼が黒いせいなのか、姿は確認しづらいが着実に岸へと近づいてくる物体ら。
巴の目が鋭くなる。
「……まだだ」
固唾を飲む戦士らには波の音など耳には入らない程、巴の指示に集中していた。
その時、先頭の船の上で何やら動く影が見えた。
「……構えろ」
巴のその静かな指示で、隣に居た射手から連鎖して長弓を構えていく弓隊達。
霧から全ての鬼の船が姿を現たように見えたその時、張り詰めた糸のような空気を、巴の声が切り裂いた。
「放て!」
一斉に矢は放たれた。百を超えるその矢が夜空を裂いて鬼の船団に降り注ぐ。
それは甲板を貫き、帆を切り裂き、木の砕ける音が海に響いた。
その矢が刺さったのか、「グォォォォォ」と低く唸るような声が海から聞こえてくる。
しかし巴は嫌な予感がしていた。確実に矢は船に命中しているが声の数が少ない、反応もこんなものなのかと、そう思った時だった。
向かいの丘に居た与一が叫んだ。
「下です!」
そこには丘を登って、こちらへやって来るいくつもの黒い影が見えた。
「まさか!潜行して来たか!あの船は囮だ!」
即座にその陰に向かって矢を放つ巴らだが、影の勢いは止まる事はなかった。
「全員馬に乗れ!」
全弓隊達が後方に隠してあった馬の方へ一斉に向かった。走りながらも後方へ弓を構える巴。
近づいて来る黒い影が段々と正体を現してきた。その姿は黒に近い蒼黒色のような、合いの子族よりも一回り大きな体、そして2本の角はまるで古木の枝のようにねじれ、顔は岩ようにゴツゴツと荒らしい。燃え盛る炎のように赤い目が月光に反射しギラリと光る。牙は狼のそれよりも鋭く、熊のような手足の太い爪は、地面を走るたびに土が裂ける音が響いた。
出遅れた後方の弓兵が次々に鬼の爪でえぐられて飛ばされていく。その無惨な光景へ走りながらも焦点を当てる巴。弓兵達の叫び声の中、その鬼の頭に狙いを定めた時だった。
「随分と軟弱だな」
巴の耳元でそう声が聞こえた。
視界の隅に、木のような太い黒茶色の体が見えた。まるで時の流れが遅くなったような感覚に陥った巴は死を覚悟した。
そして走馬灯のように巴の脳が過去を振り返った。幼少期から馬や弓を扱い、吉備津での討伐に従軍し、力をつけてきた。鬼が来るという凶報は自分にとっては吉報だった。そこらの相手よりも未知の強敵と戦える事にどこか胸が高鳴るようにも感じた。しかし、それが画竜点睛を欠いた。想像を遥かに超えた鬼の力に、自分の覚悟の事足りなさを痛感した。
死を覚悟したその一瞬の間、巴の弓を引く力は抜けていた。
〝ズンッ〟
鬼の首元に矢が刺さった。
巴の目が戦の目つきに戻る。
「巴殿!お気を確かに!」
その矢は竹弓を持った与一からだった。
鬼は鈍い声を出しスピードを落としていった。
再び前を向き走りだす巴。
「与一!助かった!」
弓兵達が馬に辿り着き、城の方へ駆けらせる。
巴、絆岳らの後方では鬼に捕まった兵士達や馬の叫び声が響く。
「捕まるな!何としてでも城へ向かえ!」
巴の掛け声の横で絆岳も馬上で矢を打つ。矢は鬼の皮膚には刺さるが、急所でないと勢いは衰える事はなかった。
「絆岳よ!膝頭か首上を狙うぞ!」
「はっ!」
鬼の数はどんどん増えていった。鬼の咆哮が背後に押し寄せ、爪が空を切る音が耳に迫る。中には弓兵の馬へ飛び乗り、馬ごと薙ぎ倒す鬼や、鋭い牙で馬の足を噛みちぎる者も居た。巴や絆岳らはその光景に怯む事なく鬼の急所を矢で狙っていった。
必死に鬼を振り切る巴ら弓兵達の前方を駆ける与一ら数人の弓兵達、その先に城の姿が見えて来た。
「見えた!城に知らせろ!」
その与一の指示に横の弓兵らが法螺貝を吹き鳴らす。低く響く音が霧を突き抜けるなか、鏑矢も放たれ、鋭い音が夜空に響き渡った。
その音を聞いた後方の巴達は走る事に集中し始めた。
「皆の者!なんとか持ち堪えるんだ!」
弓隊は武尊達が構えている、城前の仕掛けた罠の場へ必死に馬を駆けらせた。




