第12話 『再団結』
一方その頃、
城の天守閣では桃藤、刀鍛冶の鉄蔵、僧兵達を纏める住職の南條君田、赤鬼のゴウキが神妙な空気の中で集まっていた。
桃藤は卓に広げた地図を睨みつけ、南條は目を閉じて静かに座し、ゴウキは壁に寄りかかり、腕を組んでいた。地図を見つめる藤桃の額には脂汗が溜まっていた。勝たなければならないと思いつつ、果たしてまともに戦って勝てる相手なのだろうかという、不安が滲み出ていた。
「奴らにも弱点はある」
そう言ったのはゴウキだった。
「奴らは自分たちの力に過信している。島で見た限り、黒鬼をはじめとした真の鬼どもは、常に単独で敵を蹴散らす。自分一人の力で全てをねじ伏せようとする。集団戦になっても協調性は乏しいだろう」
南條が静かに目を開けた。
「それはお前達もではないのか?」
「何?」
ゴウキが組んでいた腕を下ろした。
桃藤と鉄蔵が南條へ視線を向ける。
「我々には鬼の血はないが、お前達には流れている。浜辺での武士の戦はそれを象徴しておる」
「南條よ…」と、大名桃藤でも止められぬほどの重い空気が漂っている。
「何が言いたいんだ?」
ゴウキが南條へ向かって、一歩動いた時だった。
引き戸が少し開くのが分かった。そこには鉄蔵ら鍛冶屋によって改造し強化された長刀や鎌を持った弟子の僧兵達が構えているのが分かった。
南條が続ける。
「しかし今は、そんな事を言っている暇ではない。つまり我々はお前達を信じるしかない。お前達も人間を信じているだろう。しかし、我々はまだお前達を許してはいない事を忘れるな」
「それは脅しと捉えていいのか?」
二人のやり取りを見て、鉄蔵が息を呑んだ時だった。
「二人ともそこまでだ」
桃藤がなんとか声を出し切る。
「……申し訳ありません、桃藤様」と南條が頭を下げた。
「今は寸刻を争う時だ。どうか鬼を打ちのめす事に集中してくれ」
「……では、奴らのその弱点を利用しましょう。実はそんな事であろうかと策を練っておりました」
「ほう、その手立てとは?」
南條の目は鋭く輝き、普段の穏やかな僧侶の顔とは裏腹に、戦国を生き抜いた知謀の光が宿っていた。桃藤と鉄蔵、ゴウキの視線が南條に集まる。
「まず、鬼の突撃を誘う囮を配置します。それは鬼の船を、上陸前に弓で襲撃する巴殿率いる弓隊。彼らは矢を放った後、攻戦の姿勢を見せるが戦わず、直ぐに馬に乗り、城へ鬼達を誘導します。城手前の仕掛けた罠近くには、少数精鋭の武士や町人らを置く。奴らは人間どもを見て、嘲笑いながらそのまま単独で突っ込んでくるでしょう。罠となる竹槍を仕込んだ落とし穴や、鉄の網で、鬼らを一時的に拘束するのです」
桃藤が眉を寄せた。
「ほう。だが、全てが罠にかかるとは…」
南條は微笑み、指を地図の森の部分に移した。
「そこが策の妙味です。奴らはそこで左右に分かれ城へと来るでしょう。単独攻撃が更にバラけるかと。そこで森側から移動して来た合いの子族の戦士——キビやソウガのような俊敏な者たちが側面から奇襲を仕掛けます。薄くなった中央では残りの戦士らで対抗。鬼らは単独ゆえに、援護を期待せず、強引に前進しようとするはず。弓隊はその後も常に高台や上部で対抗」
ゴウキが唸るように頷いた。
「ふむ。奴らの皮膚は硬いが、網や穴で動きを封じれば、こちらの集団攻撃で削れる。だが、黒鬼のような強者は、それでも抜け出そうとするぞ」
南條の目がさらに鋭くなった。
「そこまでいけば城に入ってくる鬼らは分散されるかと。そこを狙って、ゴウキや他の戦士が四方から一斉に攻撃。単独の鬼たちは、四方八方からの攻撃に怯むと推察します。この作戦を繰り返せば、鬼どもの攻撃は更に孤立し、互いの乏しい連携を極限に乱すかと」
桃藤は南條の策を聞いている内に自然と口角が上がっていた。
「素晴らしい!流石だ!まさかそこまで策をこらしていたとは!」
「飽くまで理想の展開ですが、上手くその通りに鬼が動いてくれれば……」
「まぁ…、鬼が正面から攻めてくるとは限らないのは確かだ」
〝出来なくはない〟
一同が天守閣の廻縁を見た。そこにはキビが顔を出した。
「聞いていたぞ、その作戦」
桃藤が驚きながらも、任務の進捗を伺う。
「キビよ、森で何かあったのか?」
「ああ」
その時天守閣へやってくる複数の足音が聞こえてきた。やって来たのは武尊、巴、ソウガ、そしてカカだった。
カカは桃藤の元へ歩み寄り、土下座をした。
森での事態を説明するキビと武尊。
それを聞いていた桃藤のカカを見る目は決して怒りの視線ではなかった。
自分には想像が出来ないほど辛い思いをして来たであろう、この合いの子族達の気持ちを理解する事しかなかった。
「顔を上げてくれ、カカ」
そして桃藤は先程のキビの言葉の真意を伺った。
「キビよ、その〝出来なくはない〟とは?」
「カカだ」
「何?」
桃藤は顔を上げたカカを見た。
「黒鬼らに嘘の情報を流す。奴らがカカを廻し者に選んだのもカカの気性を知っての事だろう。カカが奴らの信頼を得ているなら、それを逆手に取るんだ。中央から攻めるよう鬼らに情報を与え、こちらに有利な戦場を作る」
カカは震える声で答えた。「……償いたい。俺の裏切りで、ある程度の人間の情報は伝わってしまった。もし俺にできることがあるなら、真の鬼を騙して、この地を守りたい」
桃藤が優しく答える。
「大丈夫であろう、人間同士でも相手の事なんか読めん。所詮、そんな情報は相手を見縊らせるだけで効果的かもしれん」
ゴウキが静かに口を開いた。
「カカの心が変わったかどうかは、行動で証明される。もしまた裏切られたら、この作戦は失敗し、俺たち全員が終わるかもしれない」
桃藤はしばらく考え、決断した。
「そうなればカカも生きてはいけぬ事だろう。私たちは互いを信じるしかないのだ。時間がない。よし、カカよ、鬼に偽情報を流し、奴らを罠に嵌めるよう誘導させるのだ」
そしてまた、天守閣に集まった連中で再び作戦会議が始まった。
ゴウキの人間達を見る目はここへ上陸した時とは別物になっていた。剛力さ、屈強さは合いの子族と比べて乏しいが、明敏で頭のキレる南條や、言われた通りに繊細な武器を造れる鉄蔵ら鍛冶屋の職人達、精気がまるで生まれ変わったかのような武尊の姿、桃藤の寛容さなど、自分たちにはない人間の〝力〟を強く実感していた。それはソウガやキビも同じだった。真の鬼と同じように人間を見縊っていた自分を省み、彼らの人間を見る目には、少し憧憬の眼差しも混じりはじめていた。
鬼との決戦まで、‥‥あと1日。




