第11話 『カカ』
「鬼か!」
武尊の親指がわずかに鯉口を切り、刃が数センチだけ姿を覗かせた。
霧の中に立つ影は、ゆっくりとこちらを見据え――そして、顔を覆っていた布を外した。
「カカ!」
キビの声が鋭く響く。
現れたのは、合いの子族の戦士――カカ。
その手には、すでに燃え尽きた符の灰が握られていた。指の隙間から、黒い粉が静かに零れ落ちる。
カカは一歩、前へ出た。
「……お前たち、なぜこんな無駄な戦いをする。鬼に逆らうなど……死にに行くようなものだ」
キビが一歩踏み出し、刀を構える。
「カカ。お前が奴らに尻尾を振る理由はなんだ」
その声には怒りだけでなく、どこか哀しみも滲んでいた。
「自由を求める我々を裏切ってまで、何を得る?」
一瞬だけ――カカの瞳が揺れた。
だが、すぐにその表情は歪んだ笑みに変わる。
「自由……?笑わせるな、キビ」
その声は次第に荒れていく。
「お前も知っているはずだ。俺たちの先祖がどれだけ鬼に虐げられてきたか……!」
拳が震える。
「自由を夢見た者が、どうなったか!俺の母は――鬼に逆らって、目の前で殺された。父は奴隷のまま死んだ!」
そして、絞り出すように――
「俺は……生き残るために……!」
武尊は、言葉を失った。
そこにあったのは決して裏切りではない。
恐怖と、絶望と、生きる事への執着だった。
ソウガが口を開いた。
「……カカ。お前も同じ血を持つ者だ、ならば鎖を断ち切るために戦え」
「戦う……?無意味だ!」
顔を歪め、叫んだ。
「鬼の……黒鬼の力は、お前たちの想像を超えている!」
その名に、武尊の眉がわずかに動く。
――黒鬼。
カカは続ける。
「奴は言った……情報を渡せば、俺を解放すると。力を与えると!」
キビの眼が冷たく細められる。
「……魂を売ったか」
「違う!現実を見ただけだ、生きる道を選んだだけだ!」
「黙れ!!」
キビが地を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、刃が振り下ろされる。
――キンッ!
火花が散る。
カカは即座に剣を抜き、受け止めていた。
そのまま、激しい斬り合いが始まった。
「どれだけ足掻こうと無駄だ!黒鬼には勝てぬ!」
「黙れえええ!」
キビの刃が鋭く走り、カカの足を掠めた。
「ぐっ!」
体勢が崩れる。
その隙を逃さず――
キビの刃が首へ振り下ろされた。
――その瞬間。
「待て!」
――キンッ!!
鋼がぶつかる音。
キビの刃を受け止めたのは、武尊だった。
刀を構えたまま、カカの前に立ち塞がる。
キビは黙って距離を取った。
「……待ってくれ」
カカが驚いた顔で武尊を見る。
武尊は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「カカ殿……」
その声は、静かだった。
「家族を失う苦しみは分かる。だが――お主は一人ではない」
「黙れ!」
カカは武尊の行動に動揺しながらも声を振り絞る。
「お前に…人間に何が分かる!」
武尊の目が揺れない。
「分かる。俺も仲間を失った。そして……戦いから逃げた」
カカの表情が止まる。
「それでも、今ここに立っている。もう一度、戦うと決めた」
一歩、踏み出す。
「お主にも出来るはずだ」
カカの声が弱くなる。
「……俺には力がない」
武尊は首を振る。
「だから、力を合わせる」
後ろを指す。
「俺の仲間は――あいつに殺された」
そう言ってソウガを示す武尊。
「憎い。今でもな」
一瞬の沈黙中、会話を続ける。
「だが、それでも……今は共に戦う。未来のために、仲間のために」
カカの瞳が揺れる。
「……怖いんだ」
カカの瞳が揺れ、小さく漏れる声。
「また……失うのが……」
武尊は一歩近づき、肩に手を置く。
「大丈夫だ、仲間は沢山いる。約束する、俺はお主の為にも戦う 」
その言葉は、飾りではなかった。
刃先をカカへ向けたまま。キビが歩み寄る。
「……選べ。黒鬼か、我らか」
冷たい声と共に風が木々を揺らす。
沈黙。
やがて、カカが顔を上げる。
「……俺にも……戦えるのか」
武尊が頷く。
「ああ」
キビは刃を下ろさない。
「……さっきの伝達は何だ」
カカが答える。
「人間と合いの子の戦力……配置……。そして侵攻経路」
キビが舌打ちする。
「くそっ、あらぬ事を!」
「キビ殿、もう致し方ない事だ。ここからどうするかだ」
その時、草むらが揺れた。
現れたのは――
一本の矢が首を貫いた雉を掴む、巴の姿だった。
「巴殿!?」
武尊が声を上げる。
巴は冷静に言う。
「妙な動きをしていた雉の跡を辿ったが。何をしている」
「でかしたぞ!巴!」
キビに笑みが生まれた。
そしてすぐに顔を引き締める。
「だが、情報は一部伝わっただろう。戻るぞ」
カカへ視線を向ける。
「貴様も来い…、武尊に感謝しろ…」
一同は城へ向かい始める。
その途中――
「武尊」
その声はソウガであった。
武尊が振り返る。
「仲間のことは、悪かった」
武尊の足がピタッと止まった。まさかソウガからそんな言葉が出るとは思いもしていなかった。暫く立ち止まった後、前を向きながらゆっくりと口を開く武尊。
「その話はこの戦いが終わってからだ」
霧の中、彼らは城へと戻っていく。
それぞれの過去と――
それぞれの“選んだ未来”を背負って。




