95話:仇
有賀は助けを呼ぼうとするが、声が出ない。涙だけがぼろぼろと流れていた。いずれ、使用人が異変を感じ、家中パニックとなった。なんとか消火されたが、書斎とその周辺の部屋は真っ黒こげになった。
そして何よりも、有賀家にとって悲しかったことは、言うまでもなく幾太郎が焼死したことだ。葬式には多くの親戚が参列した。葬式では、彼が生前よく聞いていたチャイコフスキーの『眠れる森の美女』が流された。多くの参列者がそれを聞いて感傷に浸っていた。
その中で唯一、有賀だけは違った。それを聞いていると、あの出来事が思い出される。
(やめてよ…)
有賀は耳を防ぐ。それでも、音楽は鳴りやまない。
(やめろ…)
有賀は頭を抱える。それでも、耳にはチャイコフスキーの音楽が入ってくる。
「やめろっつってんだろおおおおおおお!チャイコフスキーなんか流すんじゃねええええええ!」
その日以来、有賀はチャイコフスキーの曲を一切受けつけることができなくなった。どうしても、幾太郎が死んだ日のことを思い出してしまうからだ。しかし、今回の場合、燃えているトミナガを目にすることで、チャイコフスキーの曲が流れるという現象が発生した。
マキがその様子を面白おかしく見ていた。
「懐かしいなぁ。有賀幾太郎。組織から抜けようとしたんで、俺が赤い風船を飛ばしたんだっけなあ…」
「…今なんて言った?」
「聞こえなかったか?俺がお前の父を殺したんだよお!」
その瞬間、光の光線がマキの左胸を貫く….ことができなかった。マキの周りに多種多様な風船が浮かんできて、マキを防御していたのだ。
「こうしてべらべら喋っている間にも、風船を浮かべていたのに気がつかなかったか?」
善永がマキの側にゆっくり歩み寄る。
「だが、攻撃できないのはお互い様だな。ここで風船を破裂させ、爆発でも起こしてみろ。お前も巻き込まれる。」
マキは、モヒカンを整えながら、善永の背後を見つめていた。
「そうだな。挟んだ者が勝つってわけだ。俺のようにな。」
有賀がばっと振り返る。風船が浮かんでいて、有賀と善永にゆっくりと近づいてきていた。
それでも善永は笑っていた。
「つまり、俺の勝ちってわけだな。」
その発言の意味を、マキは理解できなかったが、じきに知ることとなる。マキの後ろからビームが飛んできた。それはマキの肩を貫通し、さらにマキの目の前にあった赤い風船に命中する。
(こいつの兆能力はテレポートビジョンだったのか!俺の背後に視界を設置し、そこからアイビームを撃ちやがった!)
マキの目の前で風船が爆発する。その爆発によって、周りの風船も破裂し、大惨事を引き起こす。雷が落ちる、ムカデやヒルが辺り一面に飛び散る、ナイフがスズメバチを突き刺す…しばらくそのような状況が続いた後、教室の中に浮かんでいた風船はほとんどなくなっていた。その場にいた全員が息を切らしている。
「殺してやる…父の仇!」
「待て、有賀!斎藤先生の仇だ!そしてそれは、俺が討つ!」
「なんだと!?私がやる!」
「いや!俺が!」
2人がくだらない言い争いをしている間に、マキはごそごそ音を立てていた。善永は驚愕した。マキが大きな風船に入っていたのだ。マキの頭だけが風船から出ている形になっている。大道芸人の風船太郎を思い出す形だ。さらに、マキの頭にいくつかの風船が生え、マキを浮かばせた。風船おじさんこと鈴木嘉和を思い出す形だ。
『フルアーマー・バルーン』
「ここは逃げの一手だ。ビーム攻撃が2種類もあるのは厄介なんでね。」
「逃がすか!」
善永はアイビームで、マキの頭に生えている風船を狙う。同時に、有賀がビームでマキの体を包んでいる巨大風船を狙う。どちらも命中したが、どちらもはね返されてしまった。
「無駄だ。フルアーマー・バルーンは、あらゆる攻撃をはね返す。逃げるにはうってつけの技だ。あばよ!」
マキは教室の窓から外に出る。その際、赤い風船がいくつか飛んできて、善永に迫った。善永が立ち尽くしていたとき、有賀が赤い風船を受け止めた。
「有賀!」
有賀の近くで赤い風船が爆発する。有賀は立っていたが、白目をむいていた。
「川路善永…!譲ってやるよ…!ただし、絶対にあいつをやれよ!」
そう言って、有賀は倒れた。善永は強く頷き、窓から身を乗り出す。そして、和同文殊光線を発射した。しかし、それでもマキの風船には通用しない。
「無駄って言葉の意味を知らないのか?」
マキがせせら笑っていると、目の前に異変を感じた。
「!…なんだこの景色は!」
マキの視界には、別の世界が映っていた。
「そうか!ビジョン・シェアか!だが、そんなことをやって、どんな意味があるのかな?」
マキは余裕ぶっていた。しばらく自由に飛んでいれば、いつかは逃げられると思っていたからだ。しかし、それは甘い考えであった。視界に映っていた景色を楽しんでいると、辺りがざわざわし始めた。それと同時にビジョン・シェア状態が解除される。
「え!?」
マキの目の前には、善永が腕を組んで立っていた。
善永の挑戦状:風船を付けたゴンドラでアメリカを目指したが消息不明になった、「風船おじさん」の名で知られた人物は誰?
前回の『善永の挑戦状』答え:『くるみ割り人形』




