3. モリスの長い話
ユースティスは、顔を俯けたまま、その場を動こうとしない。
モリスは、そんなユースティスが外へ出て行くのをじっと待っている。
そして、アムルは、モリスの話とやらを待って、ぼーっと突っ立っている。
三人が無言のまま、妙な間が空いた。
モリスは、ユースティスに気を遣いながら、アムルに問うような視線を送る。
しかし、アムルは、その視線の意味が分からないようで、ぽかんとした顔で突っ立ったままだ。
そこで見兼ねたユースティスがアムルの袖を引くと、アムルは、ああそっか、と何かに気付いたように顔を上げ、モリスに向かって口を開いた。
「ゆーくんは、祭壇のお掃除がまだ途中なんだって。だから、一緒に話を聞いててもいい?」
アムルの言葉に、モリスの表情が強張る。
でも、それは本当に一瞬で、すぐにいつもの冷静で穏やかな老爺の顔になった。
「……いや、それは後で良い。話が終わったら、わしが呼びにいこう」
アムルは気が付かなかったようだが、ユースティスは、モリスの様子に只ならぬ何かを感じたようだった。
ぎゅっとアムルの袖にしがみつくと、決して離れまいと身体をアムルに寄せる。
動こうとしないユースティスに強い意志を感じとったモリスだったが、念のためアムルに訊ねた。
「………ユースティスは、何と言っておる」
「『やだ。絶対、アムルと一緒にいる』って」
モリスが溜め息を吐く。
ユースティスの顔は、長い前髪で上半分が隠れているため、表情を読み取ることが難しい。
その上、彼は、普段からあまり感情を表に出さない。
しかし、ことアムルのことに関してだけは、こうして感情の色を見せる。
モリスは、そのこと自体が悪いとは決して思っていないが、今から話す内容を聞いて、ユースティスがどう受け止めるかが心配だった。
「…………まぁ、よい。どちらにせよ、後で知ることになるのじゃ。
その代わり、わしが話す間、決して口を出すでないぞ」
(…………)
ユースティスが黙っていると、モリスがはっとした表情で自分の失言に気付き、申し訳なさそうな顔をする。
「……そうか、お前は、口がきけんかったな。すまない」
ユースティスは、何も言わない。
アムルも何も言わないので、モリスは、さっさと話を進めようと祭壇の方へと向かった。
祭壇の向こう側には、拝殿を覆う壁が造られておらず、神樹であるハルニレの木肌が直接拝める形になっている。
神樹は、村を守ってくれる大事な守り木だ。
決して傷つけてはならず、もし、少しでも傷をつけるようなことがあれば、村に災いが降りかかると言われている。
だから、こうして神樹の様子を間近で確認できるよう、神樹へ感謝の祈りを捧げられるように拝殿が造られた。
そして、その拝殿で神樹に寄り添い、神樹を見守る役目を負っているのが<樹官長>だ。
「……よいか、アムル。今からわしの言うことをよく聞くのじゃぞ。
おっほん。えー……どこから話したものかのぉ……」
モリスは、自分の顎から生える長い白髭を撫でながら、言葉を探すように空を見上げた。
その視線の先をアムルが目で追う。
すると、神樹の木肌を一匹の子リスが駆け上がっていくのを見つけた。
アムルは、ぱっと瞳を輝かせて、子リスの様子を目で追い始めた。
そうじゃ、とモリスが手を叩くのにも気付かない。
それに気付いたユースティスが、アムルの袖を引っ張り、少女の注意を戻した。
「この世界は、七本の聖樹によって成り立っていることを知っておるな。
<七聖樹>と呼ばれているもののことじゃ。……なに、知らんじゃんと。
お前は、今までわしの話をろくに聞いておらんかったな。……まぁ、よい。
<七聖樹>とは、世界の源となる七つの聖なる力が宿っており、世界の均衡を保っておるものじゃ。
……ふむ。そうじゃな。このハルニレの神樹のような存在と言えば、分かりやすいかのう。
じゃが、神樹よりも更に巨大で神聖な、尊い存在なのじゃ。
……まぁ、要は、世界にとってなくてはならん存在、という意味じゃ。
<七聖樹>の均衡が少しでも崩れると、世界は、破滅する……と、言われておる。
……決して冗談を言っておるのではないぞ。村に災いが降りかかるという話のレベルではない。
植物は枯れ、土地は痩せ衰え、人々は争い、世界は闇に閉ざされると…………っておい、聞いておるのか」
モリスは、アムルを見下ろした。
アムルは、こっくりこっくりと船を漕いでいる。
立ちながら眠るとは器用なものだ、とモリスは呆れつつも関心した。
ユースティスが慌ててアムルを揺り起こすと、アムルは、ぱちりと目を開けて、しっかり聞いていました、という顔でモリスを見上げた。
それを見たモリスが溜め息を吐く。
「……とにかく、わしが言いたいのは、じゃな。
その<七聖樹>が今、力を失いつつある、ということじゃ。
アムルよ、それがどういうことが分かるか?」
突然、自分に話を振られて、アムルは、きょろきょろと視線を泳がせる。
やはり、さっきの話を聞いていなかったようだ。
「えっとー……」
(世界が破滅しちゃうんだって)
ユースティスが助け舟を出す。
しかし、アムルは、眉を寄せて困った顔をする。
「……世界がハメツ~? ……あ、終わっちゃうんだ!」
答えが分かって嬉しそうな顔で言うアムルを、モリスが叱責する。
「そんな軽々しく言うもんじゃない!
……全く、分かっておるのかのぉ。つまり、今、世界は危機を迎えておるのじゃ」
「そうなんだ。大変だね」
深刻な表情で語るモリスに反して、アムルが軽い口調で相槌をうつ。
傍でアムルを見守るユースティスは、モリスがだんだん腹を立てていくのを見て、ハラハラとした様子で落ち着かない。
「他人事のように言うでないっ!
この<エルムの里>も例外ではないぞ。いくら神樹によって守られているからと言え、<七聖樹>が力を失えば、わしらも生きていけなくなるのじゃ」
それでもぴんとこない様子のアムルに、ユースティスが言葉を足す。
(アムルの好きなパイも食べられなくなるよ)
「ええっ、それは困る!」
一変して慌てた様子のアムルを見て、モリスは、ほっと表情を和らげた。
「そうじゃろう。困るのじゃ。……ふぅ、やっと解ってもらえたかの」
「パイがないとあたし、生きていけないよ!」
「ん……パイ? 一体、何の話を…………ああ、そうじゃ。
パイがなくなってしまうと困るじゃろう」
ユースティスが何かアムルに助言をしたのだと気付いたモリスは、そのまま話を続けることにした。
「一体、どうしたらいいの?」
「そうじゃな。そこで、話を元に戻すのじゃが……」
「そうだ! 今から森へ行って、パイの材料をかき集めてくるね!」
そう言うが早いが、アムルは、颯爽と拝殿の外へ飛び出そうとした。
しかし、事前にその行動を読んでいたのだろう、ユースティスがアムルの腕を掴んで止める。
そこへ、再びモリスの怒声が飛んだ。
「待たんかいっ!
……そうじゃない。今から材料を集めれば良いという問題ではないのじゃ。
<七聖樹>が力を失えば、森には、パイの材料がなくなってしまうのじゃよ」
「ぇえっ?! そんなあ!
うー……それじゃあ、どうすればいいの?」
アムルは、目に涙を浮かべて、モリスを見上げる。
それほどアムルにとって、パイがなくなるということは、死活問題なのだ。




