ポポゼウル
その後、エリーンを呼んで進め方を相談した。まずは兵站線を確保することが第一だ。迷宮内を自由に動ける数も増やさないといけないので、5歳以上のオークのレベル上げと同時に30階層に物資を送ることにした。魔物のパターンはわかったのでエリーンも運搬車を曳いていけるだろう。時間はかかるが一歩ずつだな。
翌日、朝からオークを入れ替えて迷宮にまた入った。パターンが分かっているとはいえ、なにしろエンカウント率が高い。二日で30階層まで到着した。運搬車から物資を下ろした。その夜はゲート脇で野営することになった。寝ようとするとサフィアスが近づいてきた。
「話がある。お姫様とエリーンにも。」
「どうしたんだ。」
「ゲートで行きたい。」
「えっ、どこへ。」
「故郷の島。」
「どうしたんだ。実家に帰ります、というやつか!」
「それ意味わからない。明日の朝に戻る。」
「何しにいくの?」
「ちょっと考えある。協力ほしい。」
俺はリムとエリーンを見た。
「どういうことですか?サフィアス。」
「一族の長老に相談。口かたい。」
「でも半日では戻れないでしょう?迷宮の外に出るだけでも何日もかかりますよ。」
「一族、深層に探索隊送る。その時長老30階層いる。今いる時。」
「でも、面識のない人に助けを求めるのはいかがでしょうか?」
「長老、絶対、主様助ける。」
「どうしてですか。」
「一族の言い伝え、大事な、覚醒が迷宮を制す。」
サフィアスの言葉に三人は顔を見合わせた。ノームの世界には覚醒に関する言い伝えがあるのか。
「そうだとしてもねえ。」
エリーンが言葉を濁した。
「行かせよう。」
えっ、エリーンと俺はお姫様を見た。
「ここにいるのはみんな家族じゃ。家族を信じないのは良くない。わらわは信じるぞ。」
こいつ良いとこ持っていくな。まあ俺もそう思いたいけど。
「最悪、ゲート閉じてしまったらよいじゃろう。」
その前に皆殺しにされてるかもしれないけど。エリーンもお嬢さまの意見に折れて、サフィアスを送り出した。手土産とか大丈夫なのか。
その後、パテメンバーを集めて事情を説明した。みんな少し興奮していたが、順に仮眠をとった。俺は色々考えがよぎってほとんど眠れなかった。ゲートを見張っていたペルカが叫んだ。
「ゲートが光ってます。」
みんな、横になっていたが眠っていなかったのだろう。直ぐに全員が立ち上がった。
ゲートからは、サフィアスともう一人現われた。
「長老、来た。」
サフィアスが胸を張った。こいつも大したことないけどな。
「皆さま、はじめまして。霧の民で、青い渓谷一族の長老のポポゼウルと申します。突然の訪問失礼致します。」
霧の民がみんなサフィアスみたいな喋りかたじゃないんだな。
「空の民、レンドル公爵第一皇女です。よくお越し下さいました。歓迎いたします。」
こういうときはちゃんとできるんだよね。
「サフィアスから聞きましたが、上位迷宮解放おめでとうございます。」
「いえ、まだ解放したばかりで、何もできておりません。お恥ずかしいです。」
「そちらの方がショウ様ですね。」
「はい、ショウです。よろしくお願いします。」
「サフィアスの言う通りですな。」
「どういうことですか?」
「こちらのパテの方はみんな素晴らしい魂の波動をお持ちで、特にショウ様は規格外と聞きましたが、本当に素晴らしい。」
「魂の波動ですか?」
「霧の民はいろんな知覚に優れています。特に鋭敏な者は魂の波動を感じることができるのです。迷宮では魔物の波動を識別できます。」
「スキルや特技ではなくそれができるのは凄いですね。」
「一昨日から、一族の遠征が始まったので、私は30階層で遠征隊の帰りを待っておりました。そこにサフィアスが突然、ゲートから戻ってきました。そして私のところにきたのです。彼女はレンドル公爵家に派遣していたので、何かの報告かと思い、後で話を聞くと言ったのですが、承知しませんでした。遠征隊を迎えるのは長老の重要な役目なので、
私も雑事は避けたかったです。」
そこでポポゼウルは一度言葉を切った。俺たちの反応を見ている。みんな緊張して聞いている。
「小屋から追いだそうとすると、サフィアスは呟きました。覚醒は迷宮を制する、と。」
サフィアスが言ってた言葉だな。やはり重要なのか。
「霧の民は空の民に続いて体が小さいので、それほど物資を必要としません。なので他の民と違い貿易には関心が低いのですが、小さな部族に分かれて、迷宮の解明が天命だと思って研究をしております。私どもの部族に伝わる重要な言葉のひとつが、それなのです。私は聞きました。まさか見つけたのかと。」
俺はまるで指名手配だな。
「サフィアスは言いました。私、家族になったら、水魔法できるようになった、レベル上がってないのに。と。私はまさかと思いましたが、ゲートの向こうでお目にかかれる、ということでこうして参上した次第です。」
思ったより常識的なノームみたいだ、良かった。
「確かに俺がサフィアスに覚醒をかけましたが、これは内密にお願いします。」
「霧の民は、富や権力には興味がありません。ひとえに迷宮の真理を追究したいのです。ショウ様のことを口外することはありません。それにお恥ずかしいことに各部族ではそれぞれの研究を競っており、部族内での情報は厳密に管理されており、それを徹底しています。」
島によっていろいろなんだな。
「覚醒は迷宮を制する、という言い伝えについても、解釈について議論がありました。ある者は覚醒というスキルがあると主張して、あるものは覚醒者という英雄が出現するのでは、と主張していましたが、その論争に答えが出たようです。」
ほんとかな。責任取れんぞ。
「青い渓谷の一族と言われましたね。失礼ですが私たちは霧の民の国の形も良く理解しておりません。立ち話もなんですので、よろしければお茶でもいかがでしょうか。」
エリーンが如才なくポポゼウルを誘う。
「ありがとうございます。それでは遠慮なく。慌ててまいりましたので、手土産もなく、恐縮です。」
俺、リム、ポポゼウル、サフィアス、で簡易の卓を囲んだ。エリーンがお茶とスコーンを持ってきた。
「まだ来たばかりで、何もございませんが、ごゆっくりしてくださいませ。」
エリーンはめいっぱいの愛想笑いをして、後ろに控える。
「霧の民には貴族というものはありません。数百の部族がそれぞれ長老を選んで、それぞれの地域で生活しております。大昔、神の書が発見されたと伝えられています。その争奪戦で長く争いが続きました。神の書は何百冊にも分かれていたので、散逸してしまい、それぞれの部族が手元にある分冊を解読して迷宮の真理に近づこうと競っているのです。わが部族に伝わっている分冊を基にした研究から残された言葉の一つがサフィアスの言ったものなのです。」
やっと話が見えてきた。
「なるほど、状況が見えてきました。それで俺に何かをお望みなのでしょうか?」
「そうですな。敢えて申し上げますと、迷宮の探索をお手伝いさせていただきたい、ということでしょうか。」
どういうこと?
「失礼ながら、お姫様の迷宮探索の状況もサフィアスから聞きました。人手が豊富ではないと理解しております。」
サフィアスは目が泳いでる。その横でリムが頬っぺたを膨らませている。我慢しろ。事実なんだから。
「もしお許しをいただけるなら、わが部族にお手伝いをさせていただきたいのです。」
「えー、それはポポゼウル様になんの得があるのでしょう?」
「さきほど申し上げたように迷宮の真理に近づくのがわが民の使命なのです。率直に申しますと、ショウ様がその真理への道ではないかと考えております。」
「いやいや、それは過大評価ですよ。」
「そうかもしれません。しかしその可能性を追求するのが我々なのです。」
これが本音だったら、もう宗教だな。怖いわ。
「仮に、そうだとしても、こちらにはお支払する対価がありませんが。」
「対価ですか、強いていえば、ショウ様がこれからこの上位迷宮を探索していく情報を我が部族で独占させていただくということでしょうか。」
「それだけですか。」
「情報の独占というのは大事なことです。万が一、ショウ様の探索が失敗しても、それは当方の負うべきリスクです。」
「ほんとうにそれだけで良いのですか?」
「我が部族は霧の民の中でも有数の規模です。迷宮に入る者も多く、島の外からも使用人を雇い入れています。お役に立てると思います。」
後ろを見ると、エリーンが頷いた。俺はリムに訊いた。
「お姫様、このように提案されていますが、如何いたしましょう?」
「そ、そうじゃな、ショウが良いのならば、それで良いのではないか。」
ポポゼウルはそれを聞くと懐から何かを取り出そうとした。短剣か、と緊張したが紙だった。
「ありがとうございます。詳細は契約書に纏めてきますので、とりあえずこの守秘義務契約書にサインをお願いいたします。」
準備良すぎだろ!
その後話を詰めて、5日後にはもう一度、支援要員を連れてくるということになった。1時間ほどでポポゼウルは帰って行った。
「サフィアス、ありがとう。おかげで補給体制のめどが立ったよ。」
「主様、喜ぶ、よかった。」
サフィアスを抱きしめて頭を撫ぜた。後ろでリムが咳払いしてる、めんどくさい。
この日はみんなほぼ徹夜だったので、もう1日ゲート傍で休養して過ごすことになった。そして往復4日の予定で中層に挑むことになった。




