第6話「違和感」
正門そばのバス停で栂野と別れると、自転車を飛ばして予備校へ向かった。
この何でもすぐ近くにあるというのは、都会の素晴らしい点だ。
俺が東北の地方都市から都内に引っ越してきて早二年半。
最初は慣れないことも多々あったし、何より転校の経緯があまりにも理不尽で許せなかった。だが、少なくとも日々の暮らしの要領やら雰囲気やらは、流石に掴めてきた感がある。
塾にしたって、地元じゃ電車とバスを乗り継いで毎度片道四十分以上はかけて通っていたものだ。
学校同様一週間ぶりとなる予備校につくと、真っすぐ教室に向かった。
いつもなら一旦自習室に荷物を置いて席を確保するところだったが、道中下痢でタイムロスを食っていたため、授業開始ぎりぎりで滑り込んだ。
周囲を見渡すが、席についている生徒は疎らだった。この校舎では最上位のうちのクラスは元々ガラガラだったが、にしてもこれは流石に奇妙だった。
いや、人が少ないのは果たしてこの塾に限ったことだったか?
今にして思えば、学校でも病欠者が確か十人はいた気がする。
最前列の席だからろくに意識しなかったが、確か朝の点呼で妙に飛ばされる奴が多かったのは薄っすら覚えている。
十一月も終わりに近づくこの時期。体感としては既に冬に近い。
とはいえ、流石に真冬を前にこの体たらくはどうなんだ?
今年のインフルエンザがこんな半端な時期に流行っているなんてニュースで聞いた記憶は無いぞ? それにインフルエンザなら、それだけ休めば学級閉鎖になっててもおかしくない。
うーん、何かがおかしい。
何が最もおかしいかと言えば、今まで変化を俺が意識していなかったことだ。
「穴堀くん? 起きてますか?」
「は、はい!」
「特待で半額免除とはいえ、親御さんが高い授業料払ってくれてるんですよ? 病み上がりなのは分かりますが、無駄にしないようにしてくださいねー」
気が付くと、黒板の左側にぎっしりと数学の解法が書かれていた。
ああ、これはいけない。
予備校の授業はあの中村の無駄な授業とは違う。ちゃんと集中して聞かねば。
明後日の方向に旅立っていた意識を目の前の数式に戻す。
そうだ、欠席者が何人いようが関係無い。
俺にはまず、自分が入院してた分の遅れを取り戻すというタスクがある。
それに欠席なんてするだらしねえ連中は、そのまま勝手にくたばってりゃいい。その間こっちがリードできるってもんだ。
このトップ選抜スーパーコースはこの校舎じゃ最上位のクラス。
二年後に同じ志望校の枠をかけて争うかもしれない奴等だ。
ならそいつ等が落ちこぼれて相対的に自分が上昇するのは悪いことじゃない。
そう考えると、不可解な疑念はすっかり意識の隅に追いやられ、眼前の勉強に集中できた。
閉館時間まで自習室で粘ってから予備校を後にすると、倒れ込むように帰宅した。親からの至極どうでも良さげな上辺の退院祝いの言葉にこちらも事務的に答え、寝支度を早々に済ませて布団に転がった。
ああ、またやり過ぎた。
人体というものは不思議なもので、疲労感には波がある。
今日の俺は、部活前には既にかなりぐったりしていたはずだ。
だが、仰木の頭仰木な言動に振り回され、栂野と久し振りに談笑し、予備校で妙なスイッチが入るとそのまま最後まで自習に勤しんだ。
身体は確かに疲れていたはずなのに、自覚が無いから使い続けてしまう。所謂ランナーズハイというのもこの原理なんだろうか?
そんな訳で、いざスイッチが切れると猛烈な倦怠感で何もしたくなくなり、こうしてこのまま電気も消さずに果てるということも――――俺にはよくあることだった――――――。




