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存続限界点: 朽ち行く世界と翼ある探検家 / Hard Limit: Decaying Reality and the Winged Explorer  作者: 核分裂断片
000 鉄と砂漠と: 砂に埋もれた記憶たち / Sand and Steel: Buried Memories of the Badlands
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#0028 "個" の在るところ: 前半 / The Where "Identity" Lies: Upper Half

僕はケーリムの作業場を離れた後、

しばらくこの町を回ってみることにした。


まあ、街と言ってもほとんどは港湾設備で、労働者のための住居や

貿易関連の事務所があるくらいだけどね。


ここを出入りする貨物の量を考えれば随分と小さくまとまっているよ。


……そもそもここって一般向けの宿泊施設はあるのかな?

連絡船が行き来しているくらいだからありそうだけど、

実際に来るのは初めての町だから僕にはわからない。

――疑問を浮かべつつも、街の散策を続ける。


全ての装備を外した今、僕の身体はとても軽くて、

今までいかに多くの枷をはめて暮らしているかがよくわかるよ。


いつもなら独特過ぎる装備と出回っている評判から

みんなすぐにこちらへ視線を向けるけど、


装備が無ければ同胞たちですらよく知った仲の者でなければ

僕を認識することはできないからだ。


通り過ぎる建物の窓にふと視線を向けてみると、

そこに映るのはどこにでもいる

灰色の身体をしたワイバーンで…………なぜだろう?


その姿を見て、これが本当に僕自身なのか一瞬分からなくなってしまった。

貫雲を着込んでから10年も経っていないというのに。


ガラスに映る影はいつの間にか足を止めて、

その目はわずかに震えていた。


……そうか、そうなんだね。


僕を――僕をセルンという個体たらしめているのは結局のところ

この装備の方で、僕自身には何の特徴もないんだ。


当たり前のことだけど、考えてみると少し寂しいな。


でも……逆に今はセルンではないただの一羽のワイバーンとして、

自由に、気楽に過ごすのもいいのかもしれない。


まったく、バカみたいだ。

こんなことをしていないで外へ出て、気分転換でもしてこようか。


――そうして僕は、何気ないことから唐突にあらわになった

"個の喪失"から逃げるようにして空へと上がり、

町の外に広がる荒野へと鼻先を向けた。


はぁ……何だろう? "自分"を形成するのはこの身体ではなくて、

あくまで装備や道具という"殻"…………。少しだけだけど、

エーテルヌムの奴らの思うことも分かる気がする。今の僕には。


====


テレイルを離れて当てもなく飛び回ること十数分。

気分を変えようと飛び立ったけれどこの辺りには本当に何もないね。


辺りに見えるのは連合領の中心方面へと続く一本道と乾いた荒野。

波打つ岩山に青い空、そして輝く太陽くらいのもので――時折道路を通る

車両以外に動く物体は見当たらない。


まあ、それはいいんだ。何もない荒野に何かを期待するのは

もとより間違っているんだから。


それにしても熱いな……。

貫雲の断熱性がどれだけ優れていたのかがよくわかるよ。


さて、一度降りて日陰で休憩しようかな。

飛行装具どころか収納具も一切身に着けていないせいで

今の僕は水筒一つすら持っていないんだ。




――平坦な荒野から離れて岩山のそばをしばらく飛んでいると、

ほんの小さな谷間によさそうな場所を見つけることができた。


周囲の斜面の陰になっていてここなら休むのにちょうどいいはず。

視線も遮れるから身を隠すのにも都合のいい場所だと思う。


僕はそこに着陸して、しばらく休むことにした。


岩山の中の小さな谷間にたった一羽。

辺りはとても静かで生き物の姿も見当たらず、まるで死んだ土地だね。


近くにテレイルという大きな港があるから勘違いしやすいだけで、

ここは実際に荒野の生き物たちからすら見捨てられた場所なのかもしれない。

そうなると、町の外で食料を探すのは苦労しそうだ。それに水も。


水に関しては最悪海水から飲める部分だけを分離すればいいけど、

食料に関してはどうすればいいやら。


今後の旅でもしこういった場所で野営をすることになった

ときのことも考えると、今のうちに土地の特性を知っておくべきだと感じたよ。


――静かな日陰から、僕はふと空を見上げる。

雲一つない、きれいな青い空だ。夜になれば星がよく見えるだろうね。


……それから、僕はそのまましばらくの間ずっと空を見ていた。

ずっと、と言っても地形の影の動き方からして20分くらいかな?

いつもならすぐ目の届くところにある時計もここにはない。




今の僕はどうも精神的に不安定だ。

やっぱり……あの地下倉庫で受けた翼の傷と、そして装備を外して

誰でもないただのワイバーンに戻った今のこの状況――そういう部分が

関わっているのかもしれないね。


あの時、翼に被弾して血を流したあの瞬間…………

僕は初めて空を失うという恐怖を覚えた。


そして、ガラスに映る生身の自分を見たとき――

個の喪失という危惧に初めて気が付いた。


僕は…………本当にこれから先も探検家として続けていけるんだろうか?

新しい遺物を手にして、

新しい装備をそろえて――でもこれが意味することは一つだ。


この先僕が対峙することになるのは

今までよりはるかに大きな脅威になる。


不安だ……。


はぁ……休憩のために降りて来たのに、

これじゃあ余計に疲れるじゃないか。


もう一度空に上がって、嫌なことは忘れてしまおう。


====


Perspective: Observer


テレイルから連合領中央へ続く輸送路沿いの小さな岩山から、

灰色の背をした一羽の飛竜が飛び立つ。


連合領においてはワイバーンは珍しい存在だが、

このような僻地でともなれば、彼、または彼女にはここへ来る

何か特別な事情があるのだろう。


それは力強くもしなやかな羽ばたきで空へと駆け上がると、

針路を北東へ向けた。


ここから北東にあるものと言えば砂岩の傷跡

を中心とする広大な未領有地域だ。


しかし、それの向かうところは異なるようで、名も知れぬ飛竜は

ただ乾いた風に乗り当てもなく空をさまよう。


その者の思うところとは一体何なのであろうか。

残念なことに、ここからそれを知る術はない。




――数分後。荒野をさまようその者は、

何かに気付いたのか突然に鼻先の向きを変えた。


だが、その視線には強い動揺と不安の色が見え、

緊張からか翼は柔らかさを失い鋭い刃物のように風を切っている。


「――あれは……何だろう? 光っている?」


"光っている"――零れ落ちたその言葉の意味は

視線の向く先を見れば明らかであった。


不毛の地を見下ろし、そこから北東へと

辿った場所にある発掘現場らしき地点。


そこには赤い光を纏った人間と思しき影があり、

それらはまるで魂が抜けたかのように力なく辺りをさまよっている。


同時に周囲にはいくつもの採掘道具が散乱し、

現場のところどころには飛び散った血痕が見られる。

――この光景は誰の目にも異様なものとして映るだろう。


「明らかに様子がおかしいね……見に行った方がいいかもしれない」


灰色の飛竜は自分自身のため状況を整理するようにそう口走る。

その言葉からして、どうやら調査に向かうことに決めたようだ。


====


"砂岩の傷跡"として知られる巨大な台地の裂け目が横たわる広大な荒野の縁(ふち)。

それと外とを隔てるように立ち並ぶ山岳の谷間に小さな野営地があった。


そこには飛行機械の発着用の広い空間が確保されており、

いくつかのテントや資材置き場が見え、

北側の山肌に向けて掘られた坑道の入り口がある。


何らかの試掘場か発掘現場の類か。

だが、この場所において今、そのようなことは重要ではないだろう。


この場所にはぼんやりとした赤い光、

または光る霧のようなものを纏った人影がいくつか。


それはまるで死人を無理やりにでも動かしているかのような

力ない動きで彷徨っている。


彷徨う者たちはみな共通して採掘道具、

刀剣、鈍器などを手に持ち引きずっており、


これを見て正常なものであると認識できるものはおそらくいない。

それほどに異様な光景であった。


ここで一体何が起こったのか。何が彼らをこのような状態にしたのか。


疑問は尽きないが、事実上の無人と化した

この場所にはただ薄暗い空気が渦巻くばかりだ。




――だが、その澱んだ静けさは南西の空から訪れた

灰色の翼によって切り裂かれることとなる。


真剣そのものという形相で突風と共にこの空へと飛び込んだそれは、

強い不安と緊張を胸に秘めながらも冷静に上空での旋回待機へと移行し、

地上にあるすべてに向けて順に鋭い視線をやった。


ここにある一つ一つの事象に対し吸いつくような最小の動きで目と頭を動かし、

識別し、それらを関連付けて推測する――その姿は単なる

どこにでも見られる平凡な飛竜ではなく、経験を積んだ斥候そのものであった。




しばらくの旋回の後、彼、または彼女は大きく姿勢を傾け

螺旋を描くようにして高度を落とし始める。


そして、距離、地形的に見て安全と思われるこの地を囲む山々の頂へと

滑空を続け、そして降り立った。観察を終え、翼を休めつつ

現状の分析に取り掛かるのだろう。下方に広がる惨状を見下ろす

灰色の飛竜の表情は数分に及ぶ偵察を終えた今でも硬い。

明らかに普通ではない事態。

セルンは一体どう対応するのでしょうかね。


前も書いたと思いますが、飛行種族と夜空には深い関係があります。

天測航法は飛行種族の間では古い時代から使われており、作りは粗いですが

手先の器用なワイバーンの工匠が作った天球儀のようなものも現存しています。

一応翼に指が3つあるので最低限の手作業は出来ますからね。

人型種族ほどは融通が利かないだけです。


さて、今セルンの目の前に広がっている事態は今後のお話にどう関わってくるやら。

まあそもそもタイトルでネタバレしてるようなお話なのでなんですがね。


ほか、ストーリーの進行度的には現時点でようやく

最序盤から序盤へ移り変わるかというところ。


先が思いやられますな。


セルンくん、実際は割と精神面が脆かったりする部分があり、

結構思いつめるタイプです。


でも命にかかわるような状況では心ではおかしくなっていても

身体は冷静に動くタイプでもある。

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