光が丘の夕暮れと大人の冷徹な沈黙
地上へと通じる重層エレベーターの扉が、軋んだ音を立てて開いた。
差し込んできたのは、赤黒く濁った夕暮れの光だった。
吹き抜けてくる風は冷たく、硝煙とオゾン、そして破壊された建造物の粉塵の匂いに満ちていた。光が丘公園の地上搬入口から外へ出た瞬間、多朗は思わず立ち止まり、目の前の光景に息を呑んだ。
かつて緑豊かだった光が丘公園は、見る影もなく変貌していた。
巨大な樹木は衝撃波で根こそぎ薙ぎ倒され、舗装された歩道は巨大な地割れによって寸断されていた。遠くに見える光が丘団地の高層棟群は、奇跡的に倒壊こそ免れていたものの、外壁のあちこちが剥がれ落ち、窓ガラスのほとんどが吹き飛んでいた。
『これが、守り切った結果なのかよ』
剛田が担架の上から顔を上げ、掠れた声で呟いた。
公園の広場には、多数の陸上自衛隊の緊急車両と装甲車が集結していた。だが、その空気は勝利の歓喜とは程遠かった。泥と油にまみれた隊員たちが、無言で担架を運び、毛布を被せられた無数の遺体を整然と並べていく。赤塚新町交差点から光が丘にかけて展開していた防衛部隊の損耗は、あまりにも甚大だった。
『何を呆けている、歩け』
背後から山口教官の低い声が飛んだ。山口は剛田の担架の片側を支えながら、感情を一切交えない瞳で惨状を見据えていた。
『街の半分が消滅を免れた。それだけで十分な戦果だ。お前たちが第二種核を止められなければ、練馬区どころか東京二十三区の西半分が、今頃地図の上から消えていたんだぞ』
『でも、教官。こんなにたくさんの人が死んでる』
琴音が震える声で言った。相羽を支える琴音の視線の先で、炎上した自衛隊の軽装甲機動車の残骸から、黒い煙が立ち上っていた。
『それが戦争だ。特に、相手が物理法則の通じないバケモノならなおさらだ』
後藤教官が歩み寄り、冷たく言い放った。後藤の横では、榊先輩が衛生兵の手当てを拒み、装甲車のタイヤに背中を預けて煙草を咥えていた。ライターの火を点ける榊の指先は、まだ微かに震えていたが、その瞳は感情を削ぎ落とした獣のように冷徹だった。
『教官の言う通りだ、琴音。泣き言を垂れる暇があるなら、自分の手足が繋がっていることに感謝しろ』
榊は煙を細く吐き出し、多朗を睨みつけた。
『俺たちは生き残った。家族に金を残すための命を、今日も繋ぎ止めた。それ以上の意味なんぞ、この戦場にはねえよ』
榊の言葉は痛々しいほどに現実的だった。綺麗事など通用しない。誰もが自分の守りたいもののために、泥を啜って生きている。
そのとき、公園の管理棟の前に停まっていた黒塗りの大型車両から、数名のスーツ姿の男たちが降りてくるのが見えた。防衛省と内閣官房の腕章を巻いた役人たちだった。彼らは後藤教官と稲葉教官を見つけると、足早に歩み寄ってきた。
『後藤三佐、状況は』
眼鏡をかけた冷徹そうな男が、手元の電子端末を見ながら問いかけた。生徒たちの怪我や疲弊など、まるで視界に入っていないような態度だった。
『光が丘地下セクターの第二種侵食核、完全消滅を確認しました。空間歪曲係数は通常値へ復帰。成増航空高校の即応隊、任務を完了しました』
後藤が直立不動で報告する。役人の男は小さく頷いた。
『結構だ。大本営および五族協和最高評議会へそのように打電する。なお、本件に関する世論工作は完了している。光が丘地区における大規模ガス爆発および直下型局所地震として報道統制を敷く。生徒たちのメンタルケアおよび口外禁止誓約書の署名は、基地へ帰還次第、直ちに執行するように』
『了解』
後藤の機械的な返答に、多朗の胸の中で冷たい怒りが渦巻いた。
大人の欺瞞。自分たち十代の子供に即席の兵器を背負わせ、神経を焼き切らせて戦わせておきながら、すべてを事故として隠蔽し、冷酷に処理していくシステム。
(これが、大人のやり方なのか。こんな嘘で塗り固められた世界を、オレたちは命を懸けて守ったのか)
多朗が拳を握りしめた瞬間、隣に立ったマナが、そっと多朗の制服の袖を引いた。
マナは夕暮れの空を見上げていた。その横顔には、大人の冷酷さも、世界の理不尽さも、すべてを最初から見通していたかのような、深い静寂が宿っていた。
『多朗さん』
マナの透明な声が、多朗の耳に届いた。
『人間がどれほど嘘を重ねても、今日、多朗さんたちが繋ぎ止めた命の重さは消えません。この三次元の世界が存在しなければ、未来は始まらないのですから』
その言葉の真意を、多朗はまだ完全には理解できなかった。だが、夕暮れの赤い光を浴びるマナの瞳の奥に、自分たちを見守る遥かな未来の超知性、オテントサマの冷徹で、けれど確かな視線が存在していることだけは、強く感じ取っていた。
傷だらけの成増特命即応隊を乗せた大型軍用トラックが、夕闇の迫る川越街道を、基地である成増航空高校へと向かって静かに走り出した。




