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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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成増・光が丘・赤塚セクター の侵食現場へ

 

 地下ハッチから這い出た装甲輸送車三両が、アスファルトを噛み砕く重い唸りを上げて進軍していた。


 地上に出て多朗の目に飛び込んできたのは、見慣れた東京の日常の残骸だった。


 成増駅南口から川越街道を跨ぎ、光が丘方面へと続く道筋。信号機はへし折れ、無人の乗用車が車体をねじ曲げられた状態で道路脇に積み重なっている。電柱はあり得ない角度でらせん状にねじれ、電線がまるで生き物の筋繊維のように不規則に痙攣していた。


 空は鉛色に濁り、太陽の光はすりガラスを通したように鈍く拡散している。


 『先行強襲班、ポイント・アルファを通過。街道沿いに散乱していた自衛隊の軽装甲機動車、完全に圧壊している。生存反応、なし』


 車内スピーカーから、前方を走る斥候車両に乗る榊先輩の荒い無線音声が割れて響く。


 『了解した。先行班は赤塚新町二丁目の交差点で展開、アンカー班の進入ルートを確保せよ』


 助手席の後藤教官が無線機へ指示を飛ばす。多朗は装甲車の狭い防弾スリットから外を睨みつけた。視界の端で、空間の輪郭が陽炎のように波打っている。


 『全員、対位相バイザーを装着しろ。ここから先は肉眼を信じるな』


 後藤教官の鋭い声に、多朗たちは一斉にバイザーを目元へ下ろした。


 パチン、と乾いた起動音が耳元で鳴り、青白いグリッド線が視界一面に展開される。次の瞬間、世界はそのグロテスクな真の姿を剥き出しにした。


 『うっ!』


 琴音が喉の奥で息を詰まらせ、口元を押さえた。


 バイザー越しに見える街並みは、まるで巨大な怪物の消化器官の内部だった。道路のあちこちに、黒く脈打つ幾何学模様の亀裂が走り、そこから紫がかったノイズのような霧が噴き出している。ビルや電柱の輪郭は細かく振動し、三次元空間の解像度が局所的に崩落していた。


 (これが、現実の侵食。地下の模擬テストとは、桁が違う)


 多朗の頭蓋骨の奥で、ズキリと鈍い痛みが走った。空間把握のシナプスが、周囲の異常な座標情報を強制的に受信し、脳を激しく揺さぶる。


 『多朗さん、無理に全部を視ようとしないでください』


 隣に座るマナが、多朗の強張った腕にそっと手を添えた。グローブ越しにも伝わるその温もりに、多朗の呼吸がわずかに整う。マナのバイザーの奥の瞳は、目の前の異常な光景を前にしても微動だにしていなかった。彼女はこの光景のさらに先にある、決定的な世界の破滅を知っているのだ。


 『陣内、数値を出せ』


 多朗が問うと、小型端末を膝の上に固定した陣内が、震える指でタッチパネルを叩いた。


 『赤塚セクターから光が丘公園の森林地帯にかけて、位相崩壊係数が基準値の三倍を超えています。三次元の固定限界まで、あと四十分もありません。ここを破られたら、練馬区全域が次元の断層に落ちます』


 『剛田、アームのトルク圧は』


 『問題ねえ。いつでも叩き潰せるぜ』


 剛田は蒼白な顔をしながらも、鋼鉄の義肢を胸の前で打ち鳴らし、火花を散らした。相羽は無言で、手元に展開した幾何学防壁の数式コードを反芻している。


 その時、前方の無線から激しい銃声と金属の破砕音が爆発的に噴き出した。


 『敵性反応、多数! 空間の裂け目から這い出してきやがった!』


 榊先輩の叫び声だった。


 『先行強襲班、接敵! 肉眼じゃただの影にしか見えねえ! 撃て、牽制を緩めるな!』


 装甲車の前面装甲に、バチバチと激しい火花が散った。目に見えない何かが、超音速で車体を擦過した音だ。


 『全員、降車! 戦闘配置につけ!』


 後藤教官の怒号と同時に、後部ハッチが火薬の破砕ボルトによって吹き飛ぶように開いた。


 多朗たちが転がり出たのは、赤塚新町の交差点だった。周囲の家屋の壁が不規則に割れ、破片が重力を無視して宙に浮かんでいる。


 前方五十メートル、道路の中央に鎮座する黒い亀裂から、輪郭を持たない影のような異形の塊が、蠢きながら溢れ出していた。それは昆虫のようでもあり、多面体の結晶のようでもあった。三次元の光を吸収し、ただ暗黒のシルエットとして震えている。


 『オレたちの番だ!』


 多朗は叫び、背中のコンテナから索敵ドローン三機を虚空へ射出した。ローターの甲高い回転音とともに、ドローンが空間の歪みの上空へ舞い上がる。


 多朗の脳内で、交差点全体の立体座標が急速に組み上がっていく。歪みの中心点、敵の影の質量分布、空間の裂け目の深度。


 『陣内、座標を送った! 琴音、左翼の空気密度を三倍に固めろ! 敵の突進速度を落とす!』


 『了解、やってみる!』


 琴音が両手を突き出すと、大気中の分子が激しく衝突し、キーンという耳障りな高周波の唸りを上げて空間が目に見えて白濁した。突進してきた影の塊が、粘りつく空気の壁に衝突して動きを鈍らせる。


 そこへ、右手の路地から血煙を上げた榊先輩が飛び出してきた。


 『遅えんだよ、一年坊主ども! ここから先は、てめえらの仕事だ!』


 榊の短機関銃が火を噴き、特殊な曳光弾が影の輪郭を一時的に焼き焦がす。影が激痛に悶えるように空間を歪ませ、鋭利な爪のような突起を榊へ振り下ろした。


 『相羽!』


 多朗の叫びと同時に、相羽の手元から青白い正八面体の防壁が展開され、榊の頭上へ滑り込んだ。ガキン、と硬質な衝突音が響き、見えない爪が防壁の表面で弾け散る。


 『剛田、核はあの裂け目の根元だ! 叩き折れ!』


 『うおおおおっ!』


 剛田が地を蹴った。外骨格アームの油圧シリンダーが限界まで唸りを上げ、圧縮されたパルスのエネルギーが右拳に集束する。


 光が丘と成増を呑み込もうとする異界の侵食に対し、成増特命即応大隊の泥臭い反撃の火蓋が、いま完全に切って落とされた。


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