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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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地上出撃・成増特命即応大隊の合同ブリーフィング

 重油と冷却水の焼ける異臭が充満する成増航空高校の地下第六区画。鋼鉄の気密隔壁に囲まれた作戦司令室の大型戦術ホログラムには、血のように濁った赤で塗り潰された東京都北西部の地図が投影されていた。


 成増、光が丘、赤塚。


 かつて数十万の市民が暮らし、私鉄や地下鉄が網の目のように交差していた生活圏は、いまや物理法則そのものが溶解しつつある高危険侵食セクターへと変貌を遂げていた。


 『全員揃ったな』


 教官の後藤和明が、低く濁った声で喉を鳴らした。無骨な野戦迷彩の防刃ジャケットに身を包んだその巨躯からは、硝煙と泥をくぐり抜けてきた者特有の冷気が立ち上っている。その後ろには、油まみれの工具を腰に吊るした石田、コンソール画面を指先で弾き続ける稲葉、弾薬箱の封印を冷徹に確認する山口が控えていた。


 作戦室の右翼には、先鋒を務める先行強襲班の榊先輩が立っていた。地下での過酷な再調教を経たその肉体は無駄な脂肪が削ぎ落とされ、黒染めの装甲ベストの下で剥き出しの神経のように尖っている。その眼光は、多朗たち一年生を敵意ではなく、獲物を値踏みする飢えた野犬のような鋭さで見据えていた。


 左翼に整列したのは、多朗、相羽、琴音、剛田、陣内、そしてマナの六名だ。


 『成増特命即応大隊、初任務のブリーフィングを開始する』


 稲葉教官が端末のキーを叩くと、立体映像が瞬き、成増駅から光が丘公園へと至る境界域が拡大表示された。建造物の輪郭が不規則に歪み、ビル群の壁面がガラスのように破断して虚空へ吸い込まれている。


 『現在、光が丘団地群の地下換気口を起点として、重力異常を伴う第三種侵食領域が急拡大している。すでに陸上自衛隊の普通科二個中隊が突入したが、通常の火器はすべて空間の歪みによって軌道を逸らされ、無力化された。生存者はゼロだ』


 乾いた事実の通告に、剛田がごくりと唾を飲み込み、重厚な外骨格アームの指を無意識に握り締めた。金属の軋み音が部屋に小さく響く。


 『大人の脳組織では、あの歪みの周波数を捉えられない。脳幹が圧殺されて精神が吹き飛ぶだけだ。物理的な楔を打ち込み、三次元の座標を固定できるのは、未分化な神経シナプスを持つ貴様たち生体アンカー六名だけだ』


 後藤教官の視線が、多朗の顔に突き刺さる。


 『多朗、お前の空間把握とドローン索敵が部隊の眼だ。陣内が位相を数値化し、琴音の分子撹拌で空間の粘度を均一に保て。相羽の幾何学防壁が結界の骨組みとなり、剛田の質量パルスが敵の核を粉砕する。手順は地下で叩き込んだ通りだ』


 『了解です、後藤教官』


 多朗は短く応じた。背中に背負ったパルス発生機材の冷たい重量が、背骨を通して全身へ現実感を伝えてくる。その隣で、マナが静かに息を吸い込んだ。マナの透き通るような瞳には、いまここにいる教官や仲間たちの多くが辿る過酷な未来の影が揺らめいていた。だが彼女は何も言わず、ただ多朗のすぐ斜め後ろに身を寄せる。


 榊先輩が一歩前へ進み出た。軍用の短機関銃を構えるその両腕には、皮下組織に無理やり埋め込まれた神経ブースターの青黒い血管が浮き出ている。


 『後藤教官。露払いは俺の班で引き受ける。あのお坊ちゃんたちが結界の杭を打つまでの間、湧き出てくる雑魚どもを一歩も通さねえ。俺の命の使い道は、それだけで十分だ』


 榊の言葉には、自らの生存を一切考慮していない特攻兵の凄みが宿っていた。実家の家族へ送金される危険手当と引き換えに、自らの神経系を削り倒す覚悟。多朗はその横顔を見つめ、胸の奥底が焼けるような痛みを覚えた。


 (この人は、生き残る気がないのか。誰かのために、自分を捨てる覚悟を決めている)


 『榊、出しゃばるな。貴様らの任務は威力偵察と外縁部の防衛だ。死ぬことではなく、アンカー班の作業時間を一秒でも長く稼ぐことが貴様の価値だ。履き違えるな』


 後藤教官の容赦ない叱責が飛ぶ。榊は牙を剥くように口元を歪めたが、それ以上は何も言わず、獰猛に頷いた。


 『石田、兵装の最終チェックは済んでいるな』


 『ああ、抜かりはねえよ』


 石田教官がタバコの吸い殻を携帯灰皿に押し込みながら前に出た。


 『全員の対位相バイザーと生体波長パルスガン、同期テストは百パーセントだ。ただし、地下のシミュレーションと現場の空気はまるで違う。空間のほつれに触れた瞬間、脳味噌を直接スプーンで抉られるような吐き気が襲ってくるはずだ。だが絶対にバイザーを外すな。外せば、てめえの肉体がどの次元にあるのか見失って、分子レベルで霧散するぞ』


 『山口、弾薬と医療キットの配備は』


 『全車輌へ積載完了している。各自、神経遮断薬のアンプルを右腰のポーチに入れておけ。激痛で視界が飛んだら躊躇なく首筋へ打ち込め。三十分だけは神経の焼き切れを麻痺させられる』


 山口教官の淡々とした説明が、これから向かう場所の凶暴さを何よりも雄弁に物語っていた。琴音が青ざめた顔で自分の腰ポーチに触れる。相羽は無言で眼鏡のブリッジを押し上げ、陣内は端末の通信ステータスを指先で確認し続けた。


 『作戦名はオペレーション・アイアンコーム。成増から光が丘に至る回廊を掃討し、歪みの核を消滅させる。出撃準備、十五分前』


 後藤教官の号令とともに、格納庫の巨大な油圧シリンダーが重低音を響かせて作動し始めた。頭上の鉄扉がゆっくりと左右へ開き、地下の冷え切った空気を切り裂いて、地上からの乾いた風が吹き込んでくる。


 その風には、焦げたコンクリートと、三次元の物質が崩壊する際に生じるオゾンのような異臭が混ざり合っていた。


 多朗は対位相バイザーを首に掛け、深呼吸をひとつ落とした。


 成増航空高校の地下要塞から、いよいよ本物の地獄が口を開ける地上へと、成増特命即応大隊が這い出そうとしていた。


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