新設校の体育がシャトルラン60分とかいう狂気のカリキュラムな上に俺の身体が精密機械じみていて完全にバグっている件
新設されたばかりの綺麗な体育館に、テニスボールがランダムに飛び出すマシンの作動音が虚しく響いていた。
「うわあ、危ねえ。おいヤイジ、このマシンの速度、絶対におかしいって」
剛田が床を派手に転がりながら、迫り来る白球を避けて悲鳴を上げる。
「剛田、大騒ぎしすぎだ。ほら、後ろから次のが来てるぞ」
俺、上宮多朗は、迫り来る時速百キロを超えるボールをただじっと見つめていた。不思議なことに、球の軌道がスローモーションのようにハッキリと見える。首をほんの数センチだけ横に傾け、風を切る音とともに耳元を通り過ぎるボールをやり過ごした。右、左、そして足元。流れるような最小限の動きだけで、俺はすべてのボールを躱し終えていた。
「はい上宮、オールクリア。次、剛田、もう一回な」
教官席にいるヤイジがのんきに手元のカルテを眺めながら、気のない声を出す。
「おいおい、上宮。お前、今のを全部ノーモーションで躱したのか。化け物だな。というかヤイジ、俺だけマシンの速度が速くなってないか」
「気のせいだろ。ほら、構えろ」
ヤイジはまったく取り合おうとしない。その横では、やたらとガタイのいい体育教師たちが、冷徹な目で手元の端末に何かを素早く打ち込んでいた。
「つーかさ、上宮。この学校、色々と偏りすぎだろ。国語とか社会の授業が全然ねえのに、数学と科学技術と、この狂った体育ばっかりじゃねえか。一クラスしか生徒がいねえのに、なんで体育教師が五人も六人も常駐してるんだよ」
剛田が愚痴をこぼしながら、マシンの前でステップを踏む。
「航空高校だからな。専門的な訓練なんだろ」
「それにしても限度があるだろ。あの先生たちの動き、なんか人間離れしてて不気味なんだよ。一瞬も瞬きしないで俺たちのこと凝視してくるし」
剛田の言う通り、教師たちの無駄のない足運びや、一瞬も見やまない正確な眼球の動きは、どこか奇妙な気配を醸し出していた。
「よし、次は全員でシャトルランだ。制限時間は六十分。各自、限界まで追い込め」
メガホンを持った体育教師が、体育館の四隅に他の教師を配置しながら無慈悲に告げた。その配置は、まるで実験動物を監視するかのようだった。
ピッと電子音が鳴り響き、二十メートルの往復が始まる。最初の十分は、誰もが余裕の表情だった。だが、二十分、三十分と時間が経過するにつれて、体育館の中は地獄絵図へと変わっていった。
「ゼェ、ゼェ、おい、上宮」
五十分が経過した頃、今にも心臓が止まりそうなほどに顔を真っ赤にした剛田が、俺の横に並んできた。
「なんだ、剛田。無理して喋るな。息が切れるぞ」
「お前、なんで、そんなに涼しい顔をしてるんだよ」
「普通に、お前のペースに合わせて走っているだけだろ」
「普通なわけあるか。もう五十分だぞ。周りを見ろよ。みんな全滅して這いつくばってるじゃねえか」
剛田の掠れた声に促されて周囲を見渡すと、確かに生き残って走っているのは、俺と剛田、それに数人だけだった。
「それにな、上宮。お前、汗すら一滴もかいてねえじゃねえか。呼吸も、まったく乱れてねえぞ」
「え」
俺は走りながら、初めて自分の体に意識を向けた。確かに、俺の体操着はさらりと乾いたままだ。それどころか、肺も心臓も驚くほど静かで、いくらでも足が前に出る。自分の胸にそっと手を当ててみた。
「ドク、ドク、ドク」
まるで時計の針のように、一定の静かなリズムで心臓が脈打っているだけだった。剛田に言われるまで、その異常性にまったく気づかなかった自分自身に、俺は奇妙な寒気を覚えた。この肉体は、まるで凄まじい重力の負荷に耐えるためだけに作られた精密機械のようだった。
やがて、終了を告げる長い電子音が体育館に鳴り響いた。その瞬間に剛田は床へ派手に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「お疲れ様です、上宮くん。はい、冷たいスポーツドリンクです」
いつの間にか近づいてきていたマナが、大きな瞳をパチパチとさせながらボトルを差し出してき。相変わらず、どこまでも抜けた天然の笑顔だった。
「ありがとう、マナ」
「さすが上宮くんですね。未来の、あ、今の走りも完璧でした」
「マナ、お前、今、未来のって言わなかったか」
「ふふ、なんのことでしょうか。上宮くんはいつでも凄いです」
マナは小首を傾げて、悪気のない笑みを浮かべるだけだった。俺の問いかけを完全に煙に巻いている。
「おい、上宮。お前ら、そんなところでいちゃついてないで、俺に水分をくれ」
床に転がったままの剛田が、恨めしそうな声を上げる。
「自分で取りに行け、剛田」
ドリンクを口に含みながら、俺はさりげなく周囲に視線を走らせた。体育館の四隅に立つ教師たちが、微動だにせずこちらを凝視していた。彼らは一瞬も見落とさない正確な眼球の動きで、俺とマナのやり取りを手元の端末に記録している。俺は自分の胸の内で、静かに刻まれ続ける精密な鼓動を、ただじっと聞き続けていた。




