モルモットの現実
1000時。
第3層演習ドームを青く染め上げていた同期光が、プツリと音を立てて消え去った。
視界が一気に薄暗いコンクリートの壁へと引き戻される。張り詰めていた神経の糸が切れた瞬間、全身にかかる重力が跳ね上がったかのように、6人は泥まみれの床へ崩れ落ちるように倒れ込んだ。
大の字になった剛田の胸が激しく波打ち、濁った息を何度も吐き出す。相羽と琴音は互いの肩を支え合い、泥水の溜まった地面に膝をついたまま動けない。陣内は泥だらけの端末を胸に抱え込み、虚ろな目で天井を見上げて放心していた。
その冷たい床の上に、規則正しい硬質な軍靴の足音が響いてきた。
後藤教官と稲葉先生が、足音の乱れひとつなく6人の前へと歩み寄る。教官の冷徹な眼光が、泥まみれで横たわる生徒たちを上から射抜くように見下ろした。
『起き上がれ。いつまで地面に這いつくばっている気だ』
後藤教官の低く鋭い声が飛ぶ。多朗は奥歯を強く噛み締め、震える両手を泥につけてどうにか上半身を起こした。
『勘違いするなよ、貴様ら』
後藤教官は腕を組み、冷え切った口調で言い放った。
『たった今クリアした演習は、貴様らの実力で勝ち取ったものではない。要塞の演算コアが、貴様らが死なないギリギリのラインで空間の歪みと敵の出力を手加減してやったから生き残れたに過ぎん。いわば、上等なモルモットの実験だ』
その言葉に、剛田が泥まみれの顔を歪めて歯を剥き出した。
『ふざけんなよ。俺たちは命懸けで戦ったんだぞ』
『命懸け、笑わせるな』
稲葉先生が手元のタブレット端末を冷ややかに掲げた。画面には、演習中の脳波データとバイタル波形が細かく波打っていた。
『見ろ。要塞の統括AIによる自動補正プログラムが、貴様らの脳の痛覚と恐怖を強制的に麻痺させ、反射神経の出力を人為的に引き上げていただけだ。貴様らは自分の意志で動いていたのではない。システムに操られて踊らされていた操り人形に過ぎん』
凍りつくような沈黙が6人の間を支配した。
自分たちが持てる力のすべてを出し切ったと思っていた戦いが、見えない巨大なシステムの掌の上での遊戯にすぎなかったという冷酷な事実。
マナだけが無表情のまま立ち上がり、冷たい床に視線を落としていた。その小さな両腕の皮膚の奥で、微かな青い火花がチリチリと音を立てて燻っていた。
1100時。
地下第2層の共同シャワールーム。
頭上のノズルから勢いよく噴き出す熱い湯気が、タイル張りの空間を白く染め上げていた。
多朗はシャワーから流れ落ちる熱湯を頭から浴びながら、コンクリートの壁に両手をついた。足元の排水溝へと、こびりついていた茶色い泥水が渦を巻いて吸い込まれていく。
曇った鏡に映る自分の顔を睨みつける。目の下には濃い隈が張り付き、泥だけでなく乾いた血の跡や赤黒い擦り傷が生々しく残っていた。
隣の仕切りの向こうからは、剛田が低いうめき声を漏らしながら打撲だらけの身体を叩く音や、陣内が震える手で石鹸を落とす音が響いてくる。
シャワーを浴びて乾いた作業服に着替えたものの、極限状態の反動が一気に肉体へ押し寄せていた。
全員の手足がガタガタと小刻みに震え、全身の関節が軋むように鈍く痛む。
ベッドに倒れ込むように腰を下ろした陣内が、血走った目を眼鏡の奥で揺らしながら絞り出すように呟いた。
『僕たち、明日からもあんな化け物みたいな訓練を続けさせられるのかよ。あんなの、人間ができる領域じゃないよ』
誰もそれに答える言葉を持たなかった。
多朗はベッドに身を預け、薄暗い天井を見つめた。
(オレたちの力じゃない。巨大なシステムに生かされただけのモルモット、か)
耳の奥で、教官たちの冷たい宣告が何度もリフレインしていた。
そして何より、あの演習場で見せたマナの人間離れした動きと、自分たちの異常な身体反応。この学校は何のために作られ、自分たちは一体何者として集められたのか。
重い疲労と底知れない疑念を抱えたまま、地下要塞の長い夜が静かに始まろうとしていた。




