泥だらけの第2ポイントと光るハチの巣
0845時。
『休んでる暇はねえぞ、次だ次』
多朗は泥で汚れた作業服の袖で額の汗を乱暴に拭った。
目の前にそびえ立つのは、第2中継ポイントが置かれた高さ10メートルもある人工の急斜面だった。滝のように泥水が流れ落ち、斜面全体が巨大なすり鉢のようにぬかるんでいる。
斜面の頂上では、真っ黒な無人機が赤いカメラアイを不気味にギラつかせ、容赦なくゴム弾をバラバラと撃ち下ろしてきていた。泥水が激しく跳ね上がり、剛田の頬を直撃する。
『ぺっ、口の中に砂が入ったぜ』
剛田が泥を吐き捨て、背中の重い鉄のアンテナ基部を担ぎ直した。
『おいおい、あんなツルツル滑る泥の崖を、この重い鉄の塊を担いで登れってのかよ。冗談きついぜ』
『弱音を吐くな、剛田。上を向いて撃たれる前に突っ込むぞ』
多朗が叫ぶと同時に、頭上を飛ぶドローン小隊が一斉にエンジンをうならせた。
『おーい、黒ん坊の無人機野郎。オイラのピカピカ光る黄色いお尻を見ろー』
イチ番がお調子者の声を張り上げ、敵の目の前でハエのようにジグザグに飛び回って視界を塞いだ。
『どけえええ、オレのプロペラアタックを喰らえっ』
ヨン番が猛スピードで突進し、敵のカメラレンズの真ん前へペタッと張り付いた。
『ヨン番、前が見えないからって暴れるな、叩き落とされるぞ』
ニ番が慌ててツッコミを入れながら、敵の死角から眩しいストロボ光を浴びせかける。
『ああっ、どうせ僕なんて泥水に落ちて踏み潰されるんだああ』
ゴ番が半泣きで叫びながら敵のプロペラへ捨て身の体当たりを敢行し、敵の射線を強引に横へ逸らした。
『多朗くん、右から飛んできた跳ね返り弾に気をつけて』
サン番が甲斐甲斐しく羽ばたいて多朗のヘルメットをコンコンと叩いて危険を知らせる。
『敵の弾切れリロード、あと3秒でござるよ』
ロク番がパトランプのように赤色光を明滅させて叫んだ。
『今よ、風よ吹き荒れなさい』
琴音が泥水に両足を踏ん張り、両手を空へ突き出した。
巨大な扇風機を何十台も同時に回したような猛烈な突風が巻き起こり、斜面の上から降ってくるゴム弾の雨をバリバリと横へ吹き散らした。
『剛田くん、足場を作るわ。走って』
相羽が叫び、斜面の泥濘の上に、六角形の青白く光る透明な板を階段状に次々と浮かび上がらせた。まるで宙に浮く光のハチの巣だった。
『おうよ、頼んだぜお嬢さん』
剛田が咆哮を上げ、鉄の機材を背負って光の階段を一段、二段と力任せに駆け上がった。
だが、五段目に足をかけた瞬間、激しい重量に耐えきれず、光の板がパリンとガラスのように砕け散った。
『うわっ、足が滑った』
剛田の巨体がバランスを崩し、泥の斜面をズザザザッと滑り落ち始めた。
『剛田、離すな』
多朗が泥の斜面へダイブし、滑り落ちてくる剛田の手首を両手でガッシリと掴んだ。二人の体重と鉄の重みが一気に多朗の肩へかかり、ズリズリと二人まとめて崖下へ引きずり込まれそうになる。
『多朗くん、剛田くん』
後ろから駆け上がってきた陣内が二人を支えようと手を伸ばしたが、ぬかるみに足を取られて前のめりに転倒した。
『うわあっ』
陣内が眼鏡を飛ばしながら崖下へ転がり落ちかけたその瞬間、白銀の髪がふわりと舞った。
マナだった。
マナは泥の斜面を平地のように無音で駆け上がり、滑り落ちる陣内の作業服の襟首を、まるで子猫を拾い上げるように片手でひょいと掴み取った。
『陣内くん、無駄に暴れると摩擦係数が低下して滑落します。静止してください』
マナは無表情のまま、片手で陣内をぶら下げ、もう片方の手で多朗のベルトをグイと引き上げた。信じられないほどの腕力だった。
『マナちゃん、助かった。死ぬかと思ったよ』
宙吊りにされた陣内が涙目で叫ぶ。
『みんな、もう一度行くぞ。全員で剛田を押し上げるんだ』
多朗が泥まみれの顔を上げて叫んだ。
多朗とマナが左右から剛田の腰を押し、陣内と琴音も泥にまみれながら鉄の機材を下から必死に支えた。相羽が歯を食いしばって新しい光の板を足元へ滑り込ませる。
『うおおおおお、負けてたまるかああっ』
剛田が泥水を撒き散らしながら光の階段を蹴り飛ばし、全員の力で一気に斜面の頂上へと這い上がった。
頂上に待ち構えていた敵の無人機が、リロードを終えて銃口をこちらへ向けた。
『邪魔なんだよっ』
相羽が光の盾を突き出して弾丸を弾き、その隙間からマナが拾い上げた鉄パイプを一閃させた。バキィンという凄まじい金属音が響き、無人機は火花を散らして斜面の下へと転がり落ちていった。
『ここだ、剛田、ブチ込め』
多朗が岩盤の割れ目を指差した。
『うおおおおっ、沈めええええっ』
剛田が全身の筋肉を爆発させ、大型ハンマーを杭の頭へ叩き落とした。
ズドォォォンという重い地響きとともに、第2中継杭が岩盤へ深々と突き刺さった。
多朗が泥だらけの指でコネクタをねじ込むと、カチリと音が鳴り、アンテナからまばゆい青い光がパッと広がった。
『第2中継ポイント、起動成功』
陣内が泥だらけの眼鏡をかけ直して叫んだ。
天井のスピーカーから、後藤教官の低く冷徹な声が響き渡った。
『第2ポイントの確保を確認。経過時間、85分。残り時間は35分だ。最終の第3ポイントへ向かえ』
全員、頭から爪先まで泥と汗で真っ黒だった。
お互いの泥だらけの顔を見合わせ、剛田が白い歯を見せて笑った。多朗も、相羽も、琴音も、陣内も、泥のついた顔でニヤリと笑い返した。
『残り35分だ。ラスト、一気に駆け抜けるぞ』
多朗が拳を突き出すと、全員が力強く頷いた。




