泥濘の帰還と小隊のさえずり
2000時。
第3層演習場を照らす白色灯の下、6人は泥まみれの機材を撤収し、防爆扉の前に整列していた。
全身にこびりついた泥と冷気で作業服は鉛のように重く、剛田の肩は小刻みに上下し、陣内の膝は疲労で微かに震えていた。
後藤教官が特殊警棒をホルダーに収め、冷徹な視線で6人を見据えた。
『所要時間は基準をクリアした。だが、初動の足場確認においてコンマ数秒の迷いが見られた。実戦であれば、その隙に敵の空間歪曲に巻き込まれて首が飛ぶ』
厳しい言葉の後に、教官はわずかに視線を緩めた。
『だが、昨日までの烏合の衆と比べれば、少しは小隊の体裁を保てるようになった。2100時に完全消灯とする。それまでに機材の整備と身体の清掃を済ませろ』
『了解、教官』
多朗の号令に合わせ、全員が背筋を伸ばして短く応えた。
2020時。
第4居住ブロックの簡素な水場で冷水を浴び、泥と汗を洗い流した多朗、剛田、陣内の3人は、男子寝所のスチール製二段ベッドの部屋へ戻っていた。
多朗は作業机の上に、演習を戦い抜いた6基の手のひらサイズドローンを並べ、ピンセットとアルコール綿でモーター軸の泥を丁寧に拭き取っていた。
整備用の充電ドックに接続された瞬間、6基のドローンが青いインジケータをチカチカと明滅させ、賑やかな電子音を一斉に鳴らし始めた。
『ふう、生きて帰れたぜ。オイラたちの完璧なレーザー誘導のおかげで命拾いしたね、マスター』
イチ番が甲高い声でプロペラを誇らしげに回転させた。
『調子に乗るなイチ番。お前の左第2ローターに泥粒が詰まり、飛行中の回転数が3.4パーセント低下していたぞ』
すかさずニ番が冷静なツッコミを入れ、多朗の手元にデータを送信した。
『多朗くん、夜更かしは肌荒れと脳神経のシナプス伝達に大敵よ。機材の手入れも大事だけど、早く寝て身体を休めなさい』
サン番が甲斐甲斐しく多朗の肩の周りをホバリングし、お母さんのように忠告した。
『ちまちましたレーザー照射なんざ退屈だぜ。次はオレの機体に小型炸薬弾を積んで、あの擬似ジェネレータごと吹き飛ばそうぜ』
ヨン番が好戦的にアームを振り回した。
『どうせ僕なんて泥水に沈んでスクラップになるのがお似合いさ。成増のゴミ箱に捨てられる運命なんだ』
ゴ番が机の隅っこでレンズをうつむかせ、ネガティブにいじけ始めた。
『警戒せよでござる。廊下の奥から後藤教官の恐ろしい足音が接近中でござるよ』
ロク番がオタク特有の早口でセンサをピコピコ明滅させ、周囲をキョロキョロ見回した。
その騒がしいやり取りを見て、ベッドの縁に腰掛けていた剛田が太い腕を組み、破顔した。
『がはは、多朗の作ったこのチビどもは、泥だらけになっても相変わらずうるせえな。だが、暗闇の中でコイツらの光が見えた瞬間は、正直ホッとしたぜ』
『本当に助かったよ』
陣内も濡れたタオルで眼鏡を拭きながら、苦笑交じりに頷いた。
『僕、暗闇の中でジャミングの音が鳴り響いたとき、恐怖で頭が真っ白になりかけたんだ。でも、多朗の指示とドローンの光を見て、手が勝手にキーボードを叩いてた』
陣内は自分の赤く腫れた指先を見つめ、小さく拳を握りしめた。
『僕みたいな頭でっかちでも、みんなの役に立てたのかな』
『何言ってやがる、陣内』
剛田が立ち上がり、陣内の背中をバシッと叩いた。
『お前が計算を瞬時に合わせなきゃ、俺は杭を叩き込む場所すら分からなかったんだ。胸を張れよ、お前は立派なオレたちの頭脳だ』
『剛田、痛いよ、、、でも、ありがとう』
陣内が照れくさそうに笑った。
多朗は6基の整備を終え、バッテリーの充電スイッチを入れた。
『明日は隔離訓練の3日目だ。今日までの基礎訓練を全部合わせた、総合実戦演習になるはずだ』
多朗が振り返り、二人を見据えて静かに言った。
『相羽や琴音、マナとも連携をさらに深める必要がある。オレたちの小隊の力、明日も見せてやろう』
『おう、いつでも来いってんだ』
剛田が太い指をパキリと鳴らし、陣内も力強く頷いた。
2100時ちょうど。
要塞地下全域に、重く低い消灯ブザーが鳴り響いた。
カチリという音とともに天井の蛍光灯が一斉に消え、非常用の赤い常夜灯だけがコンクリートの壁を淡く照らし出した。
ドローンたちもスリープモードへ移行し、小さな電子音をひとつ残して静まり返った。
硬いマットレスに横たわった多朗は、全身を包む心地よい疲労感の中で深く息を吸い込んだ。
初日の夜を支配していた絶望と孤立感は、もうどこにもなかった。
互いの呼吸を感じ、背中を預け合える仲間がここにいる。
闇に包まれた光が丘要塞の地下深くで、多朗は明日の戦いへ向けて静かに瞳を閉じた。




