滑走路の透影
緑地の樹林帯から押し寄せてきた大気の圧力波が、多朗たちの立つ境界線へと激しく衝突した。
上空から急降下したイチ番からロク番までの6基の自律ドローンが、青白い光彩を帯びた干渉フィールドを展開して前面を塞ぐ。空気とフィールドの接触面で、金 属が擦れ合うような高周波の摩擦音が弾け、散乱した光の粒が火花となって宙に飛び散った。
『くっ、重い!』
多朗は操作端末のモニターにしがみつくように視線を固定し、指先を滑らせた。端末の画面上では、ドローン小隊の各機体が受けている流体圧と電磁出力の数値が、赤色の危険域を指して目まぐるしく上下していた。
その時、胸元の通信インカムから、成増神社境内に残っている陣内竜太郎の切迫した声が響いた。背景からは、参道に打ち込まれた杭が地面の振動と干渉して発するゴゴゴという鈍い重低音が混じり込んでいる。
『上宮!こちら神社中継点!参道の地表から伝わる振動が急増している!端末の緑色LEDが赤色へ点滅を変え始めた!』
『陣内、通信ラインを切らすな!ドローン経由のバイパスで波形を相殺している!耐えてくれ!』
『分かっている!剛田がハンマーの柄で杭を押さえ込み、予備バッテリーの出力を限界まで引き上げている!持ちこたえさせてみせる!』
無線の向こうで剛田猛の『うおあああ!』という雄叫びと、土踏まずで地面を踏みしめる重い足音が響き、通信の向こう側でも壮絶な抗戦が繰り広げられていることが伝わってきた。
多朗のすぐ隣で、相羽みなみが手帳型の端末を両手で固く保持し、目の前に広がる歪んだ空間のデータを凝視していた。彼女の切れ長な瞳が、激しく明滅する数値の変化を逃さず捉える。
『上宮くん、正面を見て!ドローンの透過レーダーが捉えている画像、単なる大気の揺らぎじゃないわ!』
多朗は相羽の指示に従い、ロク番から送られてくる複合スキャンモニターへ視線を走らせた。
緑地の樹林帯の奥、普段ならば青々とした広場や散策路が広がっているはずの場所に、異様な構造物の影が浮かび上がっていた。それは現在存在する公園の施設ではない。荒々しいコンクリートの滑走路、巨大な見張り台、そしてかまぼこ型の無骨な格納庫のシルエット。かつてこの土地に存在していた陸軍成増飛行場、そして戦後に米軍が設営したグラントハイツの建築物の残影が、大気の歪みの向こう側に、幾重にも重なって立ち現れていた。
『なんだあれは。昔の建物なのか』
『時間の位相が干渉しているのよ』
相羽の声には、恐怖を抑え込んだ冷酷なまでの分析力が宿っていた。
『上空から降り注ぐ高周波数ノイズと、地下深域からのエネルギーが共鳴したことで、この土地の過去の記憶が物理的な質量を持って表面化しようとしているの。この圧力波は、異なる時間軸の空間同士がぶつかり合った衝撃波よ!』
『時間がぶつかっているだって!』
琴音が多朗の服の袖を強く掴んだ。彼女の周囲で微かに渦巻いていた大気が、圧力波の余波を受けて小さく悲鳴のような風切り音を立てている。
『多朗、ドローンの光が薄くなってる!このままだと破れるよ!』
琴音の指摘通り、前面を護っていたドローン小隊の青い干渉フィールドに、蜘蛛の巣状の亀裂が走り始めていた。イチ番とヨン番のローターが、過負荷によって甲高い音を上げる。
その瞬間、混信を起こしていた通信回線に、ザザッとノイズを突き破って別の音声が割り込んできた。
『上宮、聞こえるか。山口だ』
聞こえてきたのは、航空研顧問の山口晃の低く無骨な声だった。校庭の指揮車内にいるはずの技術教師は、煙草を燻らせているかのような独特の落ち着きを保ったまま、短く告げた。
『山口先生!ドローンのシールドが持ちません!』
『当たり前だ。正面から空間の物理的干渉を受け止めようとするな。壁を作るんじゃない。波を逃がす格子を組め』
『格子を逃がす?』
『お前が普段からやっている、ドローン同士の周波数同期の応用だ。シールドの出力を全反射から散逸モードに切り替えろ。正面の圧力を斜め四十五度で受け流し、神社参道の固定杭と地盤へ向けてエネルギーを逃がすんだ。計算はお前の手元でやれ。できるはずだ』
山口先生の短い指示は、多朗の頭の中に稲妻のような閃きをもたらした。
受け止めるのではなく、逃がす。壁ではなく、幾何学の網目を作る。
多朗は無意識のうちに右手を動かしていた。端末のタッチパネルの上で、指先が人間離れした速度と精度で複雑なパラメータを入力していく。ドローン6基の位置座標、大気の密度、押し寄せる圧力波のベクトル、そして成増神社参道の杭の位置。それらの膨大なデータが、多朗の頭の中で立体的な回路として組み上げられていった。
『イチ番からロク番、全機配置変更!位相散逸格子、展開!』
多朗の操作に応じ、6基のドローンが一斉に散開した。前面に広がっていた一枚の壁が瞬時に解体され、空中へ立体的に配置されたドローン群の間に、青細い光の糸が斜めの網目となって張り巡らされた。
直後、押し寄せていた重苦しい圧力波が、その光の格子に接触した。
バリバリという激しい放電音とともに、圧力波の巨大なエネルギーが網目に沿って斜め下へと滑り、地表へと向かって受け流されていく。
ドスン、と地響きが鳴り響いた。
境界線の土が微かに跳ね上がり、逃がされた衝撃が地面の深部へと吸収されていく。緑地奥に浮かび上がっていた成増飛行場の滑走路や格納庫の幾何学的な残影が、水面に落ちた波紋のように大きく揺らぎ、徐々に薄れて霧散していった。
大気を圧迫していた異様な高圧力が凪ぎ、周囲に静寂が戻ってきた。
胸元のインカムから、陣内の荒い息遣いが聞こえてきた。
『ハァ、ハァ、上宮!参道の振動が収まった!中継端末のインジケーターも緑色に戻ったぞ!』
『よかった。剛田は大丈夫か』
『おうよ!』
剛田の力強いダミ声が通信に割り込んできた。
『ハンマーの柄がへし折れるかと思ったぜ!だが、地面の底の気味悪い唸りは消えた!そっちもうまくいったんだな!』
『ああ、なんとか持ちこたえた』
多朗は胸を撫で下ろし、端末の出力を標準モードへ戻した。上空で警戒を続けるドローン小隊のローター音が、どこか誇らしげに空中に響いている。
だが、安堵の息を漏らした相羽の表情は、依然として晴れていなかった。彼女は手帳型端末の画面を見つめたまま、緑地の樹林帯の奥を指差しした。
『一命は取り留めたけれど、これで終わったわけじゃないわ。上宮くん、樹々の隙間を見て』
多朗が目を凝らすと、残影が消え去ったはずの緑地の奥で、空間の皮膜がまるでうす皮のように摩耗し、紫色の微細な放電がパチパチと空間に傷跡を残していた。
一度引き裂かれかけた日常と過去の境界線は、確実に薄くなっている。より巨大な時空の崩落がすぐ近くまで迫っていることを、多朗は冷えた風と共に痛感していた。




