上空の歪みと自律の防衛
成増神社の参道に立ちこめる湿った空気の中で、手元の小型モニターがけたたましいアラート音を吐き出した。
初夏の強い日差しを遮るように鬱蒼と茂る樹々が、黒々とした陰を石畳の上に落としている。街の喧騒から完全に隔離されたはずの境内で、液晶画面の表面がまるで沸騰したかのように赤と白の太い走査線ノイズで埋め尽くされた。光が丘緑地の上空を捉えていたドローンのカメラ映像は、原型を留めないほど激しくブレて潰れていた。
『なんだこれは!演習用メインサーバーの負荷超過か!それとも仮設中継装置の同期エラーなのか!』
学級委員長の陣内竜太郎が、汗で滑り落ちそうになる四角い眼鏡のつるを指先で必死に押さえ込み、手元の端末のシステムログを高速で叩きながら声を荒らげた。生真面目な彼にとって、予定の計算から外れた通信障害は許容しがたい異常事態なのだろう。
だが、その隣で胸元に手帳型端末を抱えた相羽みなみは、朱色の液晶画面を見つめたまま静かに首を横に振った。
『違うわ、陣内くん。単なるプログラムのバグや回路のオーバーヒートじゃない。この波形を見て。特定の方角から高出力で直接打ち込まれている、指向性のジャミングよ』
相羽みなみの指先が、手帳の画面に表示された複雑な周波数グラフを指し示した。規則正しい波形の山が不自然に途切れ、空間そのものを塗潰すような強烈な干渉波が、上空から帯状に照射されているのが見て取れる。
父親が所有する端末から得た極秘ログを日頃から検証してきた彼女の顔には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいた。
『防衛省や海外の専門機関がひた隠しにしている特定周波数のノイズと、完全にパターンが一致しているの。誰かが意図的に、この神社周辺の空間波形を外側から遮断しようとしているわ』
その瞬間、多朗の作業用カバンの隙間から、シャカシャカと高頻度でプロペラを回転させる作動音が響いた。
自律ドローン小隊の6基が、多朗の手元からの操縦指示を待つことなく、自動判断で一斉に空中へ飛び出したのだ。
『タロウ様、外部からの高圧ノイズを検知!自動防衛プロトコルを即時起動するでござる!』
リーダー格のイチ番が小型スピーカーから甲高い声を張り上げると、ニ番、サン番、ヨン番、ゴ番、ロク番の5基が呼吸を合わせたように多朗たちの頭上で美しい球状の防衛陣形を組み上げた。
6基の超小型フレームの先端から、肉眼ではかすかに空気が歪んで見える程度の極微弱な電磁フィールドが放射される。すると、多朗と相羽みなみの端末を覆っていた赤と白の走査線ノイズが、まるで目に見えない膜で押し返されるように静まり、画面の地形映像が微かなブレを残して瞬時に復元された。
『タロウ様、上空百メートル地点に質量を持たない高密度エネルギー反応が停滞中!通常の航空機や市販ドローンの波形ではないでござる!』
ニ番の冷静な分析声がノイズ混じりに漏れた。
多朗は手元のモニターを凝視しながら、背筋に冷たい氷を押し当てられたような寒気を覚えていた。
このドローンたちは、放課後の部室でジャンクパーツとハンダごてを使い、多朗が自分の手で組み上げたはずのものだった。それなのに、なぜこれほど高度な自動防衛アルゴリズムや軍用規格の解析能力が備わっているのか。
自分たちが知らないところで、後藤先生や山口先生たち学校側の大人、あるいはもっと不気味な何者かの手が、この機体のプログラムに直接加えられているのではないか。多朗の胸の奥で、得体の知れない疑惑が大きく膨らんでいった。
『おい、なんかこの奥、変な匂いがしないか』
大柄な剛田猛が太い首を巡らせ、大きな鼻をひくひくさせながら成増神社の本殿の方角を指さした。
参道の石畳の先、樹齢数年を超える大木に囲まれた社殿の陰から、かすかな風に乗って風変わりな匂いが漂い始めていた。
それは湿った古い和紙と、どこか甘く香ばしい煙管の煙が混ざり合ったような、時代錯誤で異様な匂いだった。行きつけの古本屋の店主である応為が放つ、あの独特の雰囲気が境内全体に満ち始めていた。
その匂いが漂い出した途端、上空から降っていた強烈なノイズの圧力が、急激に和らいでいくのが分かった。
『なんか急に、腕の産毛がザーッと逆立つような感じがするぞ。別に寒くもないのにさ』
剛田が太い丸太のような腕を擦りながら呟いた。彼の生身の身体に眠る野性的な直感が、境内に満ち始めた異質で過剰な気配に敏感に反応しているのだ。
多朗の隣に立っていたマナが、透き通るような不快感のない瞳で本殿の奥を見つめた。
『上宮くん。空間のノイズが局所的な概念干渉によって中和されました』
マナは一切の感情を挟むことなく、淡々と事実だけを報告した。神社を包む不気味な静寂の中で、境内奥にある社務所の古い木造引き戸が、ガラガラと静かな音を立てて開き始めていた。




