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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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敷かれた陣形と鉄の匂い

 

 朝、校門をくぐった瞬間に肌を刺したのは、いつもと違う焦げついた鉄と排気ガスの匂いだった。


 広大な校庭には、普段見かけることのない大型の民間トラックや、塗装を削り落とした無地の大型トレーラーが何台も横付けされていた。重機が唸りを上げて土煙を巻き上げ、工事現場で使われるような金属製の足場材や、太いアンテナ線が巻きついた通信用の簡易鉄塔が次々とグラウンドへ運び込まれている。


 『おい、ボーッとしてるんじゃない!そっちのケーブルドラムを第3集積所まで運べ!落としたらタダじゃ済まんぞ!』


 朝の爽やかな空気とは程遠い、怒号のような大声が響き渡った。ジャージ姿で汗を流していたのは、英語科の稲葉元秀先生だった。普段は授業で教科書を片手に淡々と文法を教えている男が、今日はまるで作業現場の監督のように拡声器を握り締め、搬入作業に当たる生徒や業者を鋭い眼光で仕切っている。


 『稲葉先生、これ一体何なんですか。今日の特別防災ボランティアって、地域のゴミ拾いや避難経路の確認じゃなかったんですか』


 学級委員長の陣内竜太郎が、分厚い指示書を手に稲葉先生へ駆け寄った。陣内の表情には、生真面目な委員長としての戸惑いが露骨に表れていた。


 『教育委員会から降りてきている予算規模や資材リストを照らし合わせても、明らかに一高校の演習の枠を超えています。こんな大型通信用鉄塔や重機まで持ち込むなんて、どう考えてもおかしいです』


 稲葉先生は拡声器を腰に下げると、首にかけたタオルで汗を拭い、陣内の肩をドシリと叩いた。


 『つべこべ言うな陣内。形から入るのが防災ってやつだ。いざ天変地異が起きた時、生半可な備えで街を守れると思うか。ほら、1年A組の生徒をまとめて、グラウンド東側の通信機材の荷降ろしを手伝え』


 後方からは、数学教師であり担任の後藤和明がチョークならぬ油まみれの軍手をはめて現れ、豪快に笑い声を上げた。


 『そうだぞ陣内!頭で計算ばかりしてねえで体を動かせ!今日やるのは現場の泥を食う訓練だ!』


 先生たちの熱圧に押され、陣内は四角い眼鏡を押し上げながら不服そうに作業へ向かっていった。


 その横で、剛田猛が「うおー、なんか基地の設営みたいでスゲーな!」と目を輝かせながら、木箱をひょいと持ち上げていた。クラスメイトたちがどこか文化祭の前日のような祭り気分で作業を手伝う中、多朗だけは搬入されていく機材の表面から目が離せなかった。


 緑色の塗装が施された頑丈な金属ケース。接続端子の規格や、刻印された無骨なシリアルナンバー。メカいじりとドローンの改造を日常的に行っている多朗の目には、それが市販品でも防災用品でもなく、明らかに軍事規格の通信・観測機器であることが分かってしまった。


 昨夜、下赤塚の銭湯で後藤先生と刺青の鉄山が交わしていた密談。そして四條が切り捨てた「目くらまし」という一言。大人たちは本気で、この学校と街全体をひとつの防衛拠点へと作り変えようとしている。


 『上宮、ちょっと来い』


 背後から声をかけられ振り返ると、白衣の裾を風になびかせた技術顧問の山口晃先生が立っていた。作業着のポケットに手を突っ込み、口元には煙草の代わりに金属製の精密ドライバーを咥えている。


 『山口先生。この機材って』


 『余計な口を動かす前に、手を動かすぞ。特別棟の技術室へ来い。お前の持っているオモチャの点検だ』


 山口先生に促され、多朗は作業の合間を縫って特別棟最上階の技術室へと向かった。


 重い引き戸を開けると、室内にはすでに組み上げられた大型の通信中継モニターが何台も並び、青いシグナル灯が静かに明滅していた。作業台の上に置いた多朗のカバンの中から、小さな作動音が響く。


 ポケットから転がり出たのは、多朗がジャンクパーツから組み上げた自律ドローン小隊のリーダー、イチ番だった。続いてニ番、サン番たちも次々と顔を覗かせる。


 『タロウ様、外部回線から尋常ではない密度の軍事用暗号プロトコルが漏れ出しているでござる!』


 イチ番の極小スピーカーから焦ったような声が漏れると、山口先生は驚く様子もなく、冷えた缶コーヒーを多朗に放り投げてきた。


 『やっぱりな。お前が作ったそのヘンテコな6基のドローン、校内回線に勝手に割り込んで暗号を解析し始めてやがる。普通の高校生の手仕事じゃねえよ』


 山口先生は作業台に腰かけ、無骨な手つきで多朗のドローンたちのフレームをコンコンと突いた。


 『今日の特別防災ボランティア演習、お前たち第三班のミッションは光が丘緑地から成増神社周辺にかけての立体地形観測と通信中継だ。このドローンどもを実戦形式で飛ばすことになる。準備はできてるか』


 『実戦形式って!先生、本当の目的は何なんですか。なぜ学校全体でこんな大事になっているんですか』


 多朗が問いただすと、山口先生は静かに視線を落とし、ドライバーを指先で弄んだ。


 『知らなくていいこともある。だがな、多朗。お前が手塩にかけて組み上げたその機体たちは、ただの飾りじゃない。大人たちが用意した巨大な陣形の中で、お前たちにしか担えない穴があるんだよ』


 その時、壁に備え付けられた校内スピーカーから、ジジッとノイズが混じった放送が入った。サイボーグと恐れられる石田潔教頭の、冷酷で寸分の狂いもない声だった。


 『全校生徒に伝える。グラウンドにおける資材搬入および第1フェーズの陣地設営は間もなく完了する。これより各クラスはあらかじめ指定されたブロックへ移動し、特別防災演習を開始せよ』


 教頭の声は、校舎の隅々にまで響き渡った。


 『繰り返す。1年A組第三班は光が丘緑地および成増神社エリアへ展開。通信中継点の確保ならびに空中観測を実施せよ。本演習は単なる訓練ではない。各員、己の役割を完遂せよ』


 放送が終わると同時に、校庭の方から稲葉先生や後藤先生の怒号のような号令が聞こえてきた。


 トラックの排気音と、重機が地表を削る音。校舎を包み込む湿った空気の中に、はっきりと鉄と硝煙の匂いが混ざり始めていた。


 新聞もテレビも報じない、世間の平和ボケした日常のすぐ裏側で、学校という安全なはずの場所が巨大な要塞へと変貌を遂げていく。


 多朗はポケットの中で稼働音を立てるイチ番たちをそっと包み込み、山口先生を見つめ返した。


 逃げ場のない現実が、すぐそこまで迫っていた。大人たちが敷いた巨大な陣形の中で、いよいよ自分たちの本当の訓練が始まろうとしていた。


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