技術室の不穏な火花と一瞬で排除された間抜けな男の件
鳴海先輩から突きつけられた無理難題に対して、俺は技術室の年季の入った作業台に向かい、熱を持ったハンダゴテを強く握りしめていた。室内に漂うのは、熱されたヤニの焦げ臭い匂いと、金属が溶ける独特の香気だ。
「ちょっと多朗、本当にそんなゴミ同然の部品から何かまともなものが作れるわけ」
琴音がすぐ横から身を乗り出すようにして、俺の手元を不安そうに覗き込んでくる。
「やるしかないだろ。ここで失敗したら、あの鳴海先輩のパシリに確定するんだからな」
「パシリならまだ可愛い方だけど、あの先輩の言うお手伝いロボットって、なんか別の怪しい怪生物の実験体にされそうで本当に怖いのよ」
「頼むから作業中に不吉なことを言うのはやめてくれ。ほら、そこにあるハンダの線を早く取ってくれ」
俺が少し苛立ちを込めながら指示を出すと、琴音は小さく唇を尖らせて文句を言いながらも、手際よくピンセットと工具を俺の前に並べてくれた。
白衣のポケットに両手を突っ込んだままの鳴海先輩は、俺の作業をすぐ後ろから冷徹な目で見下ろしている。
「その基板の回路設計は、一般的な三次元トポロジーを完全に無視して組まれているわ。電流の負荷と熱伝導の効率を、すべて脳内で正確に計算して配置しないと、電流を流した瞬間に焼き切れて一瞬で消滅する。多朗くん、あなたの凡庸な脳がその演算スピードに追いついていないなら、今すぐ無駄な抵抗をやめて私の犬になりなさい」
先輩の口から淡々と紡がれる言葉は、どれも普通の高校生が使う語彙を遥かに超越していた。単なる理系オタクという枠には収まらない、底知れない冷徹な科学者を思わせるヤバさがその横顔から滲み出ている。
工具棚の隙間で丸椅子に座った電波少女の九条は、相変わらずどこを見ているのか分からない不思議な瞳で、俺の指先と立ち上るハンダの煙をじっと見つめていた。
「お天道さまの基板が、多朗のトゲトゲで繋がっていく。でも、このタイムラインの糸はとても細くて脆い。ちょっと触ると、すぐに千切れて、みんな消えちゃう」
膝を抱えて体育座りをしたまま、九条が地面に染み込むような声でぼそりと呟いた。
「ちょっと九条さん、みんな消えるって、さっきから縁起でもないことばかり言わないでよ」
琴音が自分の腕を両手でさすりながら、怯えたように声を張り上げる。
「うん、このままだと消える。上宮と、マナ以外は、みんな真っ赤に燃えて、いなくなっちゃうルート。お天道さまがちゃんと生まれて、地球が勝つルートを早く見つけないと、全部リセットされちゃうの」
「マナって誰よ。っていうか地球が勝つって何のことよ。主語が大きすぎて意味が分からないわ」
琴音がいくら顔を近づけて問い詰めても、九条はそれ以上言葉を返さず、ただ古いコンクリートの天井の一点をじっと見つめるだけだった。
部屋の中に重苦しい沈黙が流れた、その瞬間だった。
ガラガラと、技術室の重い引き戸が静寂を切り裂くような激しい音を立てて開いた。
「ちーっす。ここが噂のジャンククラフト部。いやあ、新設校だから怪しい部活がいっぱいあって迷っちゃったよ。クラスの女子から、技術室にめちゃくちゃ美人の先輩がいるって聞いて、ソッコーで見学に来たわけ」
入ってきたのは、制服の第一ボタンをだらしなく外した、やけにチャラチャラした雰囲気の男子生徒だった。髪の毛も少し茶色っぽく染めていて、いかにもお調子者という軽薄なオーラを全身から放っている。
「邪魔よ」
鳴海先輩が感情の失せた声で短く言い放った。その男子生徒が次のナンパの言葉を発するよりも早く、先輩は音もなく間合いを詰めると、彼の制服の胸ぐらを鷲掴みにして廊下へと力任せに引きずり出した。
「え、あ、ちょっと何するんですか」
「部外者は立ち入り禁止。二度とこのフロアに足を踏み入れないこと」
冷徹な宣告とともに、引き戸がもの凄い勢いで閉められた。さらに内側から鍵がガチャリとかけられる金属音が冷たく響く。
本当に一瞬の出来事だった。あまりの瞬殺ぶりに、入ってきた男の名前はおろか顔の造形すらまともに思い出せない。
「な、なんなんだあいつは」
俺はハンダゴテを宙に浮かせたまま、ただ呆然と引き戸を見つめるしかなかった。
「何だったのかしら、嵐みたいに不快な男だったわね」
琴音も呆れ果てて口を半開きにしている。
「あの人、また来る。毎回、同じように拒絶される。そういう宿命の星の下に生まれて配置されているから」
九条が何でもないことのように、当然の事実として静かに言った。
「手元が止まっているわよ、多朗くん」
鳴海先輩は何事もなかったかのように作業台へと戻ってきて、俺の頭を分厚いノートで軽く叩いた。
「あ、すみません、もうすぐできます」
俺は慌ててハンダゴテを動かし、ジャンクカゴの底から拾った古いマイクのパーツと、小さな発光ダイオードを正確に繋ぎ合わせた。
「よし、これで完成だ。名付けて、琴音の声量センサー」
「何よそれ。私の名前を勝手に怪しい機械に使わないでよ」
琴音が眉をひそめて文句を言った瞬間、俺が手元の小さなスイッチを入れる。
「うるさいわね多朗」
琴音が声を張ったと同時に、基板に取り付けた赤いランプが、まるで警告灯のように猛烈な勢いで点滅を始めた。
「私の声で遊ばないでよ」
琴音が怒れば怒るほど、センサーは音を拾ってさらに激しく真っ赤な光を放つ。
「きれい。怒りの電波が可視化されてる」
九条が小さく拍手を送り始めた。
鳴海先輩は激しく明滅するランプをじっと見つめた後、満足そうにクスリと笑った。
「たった数分で、ゴミの山からこれだけの玩具を作るなんてね。合格よ、多朗くん。その基板は正式にあなたのもの」
先輩は楽しそうに目を細めて、俺を正面からじっと見つめた。
「その代わり、これから私の研究をたっぷり手伝ってもらうわよ。覚悟しておきなさい」
俺は手の中の基板を見つめながら、九条の言った、地球が勝つルート、という不気味な言葉が、なぜか胸の奥に冷たく突き刺さるのを覚えていた。




