呼び出された技術室に、すでに手遅れっぽい電波少女がいた件
約束の放課後。
特別棟の最上階にある技術室の前で、俺は何度もため息をついていた。
「ちょっと多朗、ため息つくと幸せが逃げるって知らないの」
「いや、誰のせいでため息ついてると思ってるんだよ。なんで琴音までついてきてるんだよ」
「勘違いしないでよね。私はあんたが変な女に騙されないように、親切心から監視役としてついてきてあげただけなんだから」
「頼んでないって。昨日、絶対に行っちゃダメって声高々に怒ってたの誰だよ」
「それとこれとは話が別。あんな目が笑ってない美人、絶対に裏があるに決まってるわ。ほら、さっさとドア開けなさいよ。それとも怖気づいた」
「分かったよ、開ければいいんだろ、開ければ」
琴音に背中をグイグイ小突かれ、俺は観念して、年季の入った技術室の引き戸をガラガラと開けた。
放課後の技術室は、油とハンダ付けの匂いが微かに漂う、独特の薄暗さだった。
だが、俺たちの目を最初に引いたのは、昨日ドンキで出会ったあの黒髪の先輩ではなかった。
部屋の片隅、工具棚の隙間に置かれた丸椅子の上。
一人の小柄な女子生徒が、体育座りをしたまま、じっと天井の一点を見つめていた。
「うん。今日の空気、ちょっとピリピリする」
「えっ!」
俺と琴音がフリーズするのも気にせず、その子はボソボソと呟き続ける。
「成増の南口から、なんか変な風が流れてきてる。お天道さまが、急いでる。タイムラインが、ちょっと、歪んでる気がする」
「ひっ!」
琴音が小さな悲鳴を上げて、俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「な、なあ、琴音。あの子、今なんて言った」
「知らないわよ。っていうか、完全にスピリチュアルというか、アブナイ側の人じゃない。やっぱり帰ろう多朗。ここ、呪われてるわ」
「待て待て、落ち着けって。おーい、もしもし」
俺が恐る恐る声をかけると、その子はゆっくりと首をこちらへ向けた。
ボサボサのショートヘアに、少し大きめの制服。焦点の合わない不思議な目が、まっすぐに俺を捉える。
「あ、あなた、昨日、風が変なの感じたでしょ」
「え、なんでそれを?」
「なんだか、懐かしい匂いがする。未来の、パパの匂い」
「はあ。ちょっと、誰がパパよ。出会い頭に変なこと言わないで」
俺が固まっていると、すかさず琴音が前に飛び出して大声を上げた。
「多朗に変な電波を飛ばさないでくれる。この人、ただのジャンクオタクなんだから」
「ツンツンしてる。ノイズが大きい」
「な、何よノイズって。私の地声よ」
「ふふ、昨日からちっとも退屈させないわね、あなたたち」
部屋の奥のパーテーションの向こうから、聞き覚えのある涼しい声が響いた。
現れたのは、白衣を気だるげに羽織ったあの黒髪の先輩、鳴海先輩だった。手には、昨日俺と奪い合った例の電子基板を弄んでいる。
「先輩。約束通り来ました。それで、俺に一体何の用なんですか」
「あら、そっちのツンデレな彼女もセットだとは思わなかったわ。まあ、歓迎するわよ。私は二年の鳴海。この技術室を根城にしている、ジャンククラフト部の部長」
「ジャンククラフト部。そんな部活、パンフレットに載ってましたっけ」
「新設校だし、私が勝手に作ったからね。で、そこの隅っこで宇宙と交信してるのが、今年入ってきた新入生の九条。一応、うちの唯一の部員よ」
鳴海先輩が言うと、九条はコクンと小さく頷いた。
「九条です。お天道さまの、お導きで、ここに来ました」
「ねえ多朗、やっぱりこの部活おかしいわよ。部長はヤンデレっぽいし、部員は電波だし、完全に隔離病棟じゃない。早く逃げましょ」
琴音が俺の耳元でヒソヒソと囁く。
「でもさ、琴音。この部屋、見たことないジャンクパーツが山ほどあるんだよ。ちょっとワクワクしないか」
「あんたはこれだからダメなのよ。男ってどうしてゴミの山を見ると目が輝くのかしら」
鳴海先輩はそんな俺たちの小競り合いを面白そうに眺めながら、手元にあった電子基板を、俺の胸元にぽんと放り投げてきた。
「おっと、危ない」
「多朗くん。昨日、あなたその基板がどうしても欲しいって言ったわよね。だったら、さっそく何か面白いもの、ここで作ってみせなさいよ」
「えっ、今からですか」
「そう。拒否権は無いって、昨日も言ったはずよ」
鳴海先輩は楽しそうに目を細めて、俺をじっと見つめた。
「もし面白いものが作れたら、その基板は正式にあなたにあげる。作れなかったら、そうね。私の個人的なお手伝いロボットにでもなってもらおうかしら」
「ちょっと。それ、ただのパシリでしょ。多朗、絶対に負けちゃダメだからね」
「いや、負けるとかそういう勝負なのかこれ」
俺は手の中の基板と、三人の女子たちの視線を見比べながら、激しく頭を抱えるのだった。




