地下要塞のG負荷と榊の執念
放課後の柔らかな西日が、青々と茂る木々を黄金色に染め上げる光が丘公園。犬の散歩をする老人や、熱心に走り込みを続けるランナーたちの声が響く平穏な地上のすぐ足元には、彼らの日常からは完全に遮断された巨大な空間が広がっていた。
一般人の立ち入りが厳重に禁止された防空壕跡。そのさらに深部をくり抜いて造られたコンクリート剥き出しの要塞空間こそが、成増航空部隊基地の極秘訓練施設だった。
薄暗いドーム状の格納庫には、不気味な形をした幾つもの密閉型球体カプセルが、鈍い金属光を放ちながら整然と並んでいる。その奥に位置するガラス張りの管制室で、後藤教官は腕を組み、冷徹な眼差しでコントロールパネルの計器類を凝視していた。
『また二年の一般公募組が居残りですか。彼らの肉体、よく持ちますね』
隣に立つ若い同僚の教師が、モニターに表示された異常な重力加速度の数値を恐る恐る見つめながら、引きつった声で呟いた。ガラスの向こうの暗がりでは、カプセルを支える巨大な油圧式のアームが、鼓膜を激しく震わせる重低音を響かせながら猛烈な速度で回転を続けている。
後藤はレバーを握ったまま、視線をピクリとも動かさずに応じた。
『榊の奴、今日の放課後もハッチを早く閉めろと私に直訴してきた。一年生に遅れをとるのが、よほど恐ろしいと見える』
『無理もない話です。今年の一年の特別推薦組は、どうにも異質ですからね。上宮をはじめ、四條や鷹司、相羽といった連中は、持って生まれた血筋も能力も桁違いだ。何もしなくても周囲から注目されるような生徒ばかり。彼らからすれば、焦るのも無理はありません』
若い教師は手元の端末に並ぶ一年生たちのプロファイルをめくりながらため息を漏らした。
後藤はふっと口元を冷たく歪め、アームの回転速度をさらに一段階引き上げるボタンを押した。
『一般公募組には退路がない。彼らがここで泥水をすすり、死ぬ気で努力を重ねてこの過酷な選別を生き残ろうとしているのは、高尚な理念のためではない。すべては自分の意地のため、そして故郷の家族に実績を示すためだ。もしここで脱落すれば、ただのしがない落第者に逆戻りする。生活がかかっている奴らの執念を甘く見るな。その歪んだ情熱こそが、この過酷な重力に耐える最高の燃料になるのだ』
後藤はマイクのスイッチを乱暴に入れた。管制室からの冷酷な怒号が、スピーカーを通じて猛回転するカプセル内へと容赦なく叩き込まれる。
『意識を散らすな! 肉体の苦痛を捨てろ! お前たちの限界を超えて、この過酷な環境と同調しろ!』
カプセルの内部では、二年の榊が全身に皮膚を引っ張るような無数の電極コードを貼り付けられた状態で、座席にガチガチに固定されていた。
凄まじい遠心力が肉体を容赦なく押し潰す。顔の皮膚は後ろへと異様に引っ張られて形を失い、眼球の奥には血が上って強烈な圧迫感が襲う。呼吸をしようにも胸が潰され、満足に空気を吸い込むことすらできない。さらに両目を覆う特殊バイザーの奥では、不快な高周波ノイズと脳をかき乱す激しいフラッシュ光の嵐が荒れ狂っていた。
その地獄のような苦痛の中で、榊の脳裏にこびりついて離れないのは、上宮多朗たちのあの呑気な顔だった。
自分たちが血を吐くような訓練を重ねてようやく手にする居場所を、あいつらは生まれ持った才能と恵まれた環境だけで、当然のように踏みにじっていく。どいつもこいつもぬるま湯の中で育ち、必死さのひとかけらも見せない。あいつらが目の前にいるだけで、自分たちが積み上げてきた泥臭い努力のすべてが、無価値なゴミのように思えてくる。
それが、どうしても我慢ならなかった。はらわたが煮えくり返るような激しい嫉妬と焦りが、榊の胸の奥で黒い泥となってドロドロと渦巻く。
(まだあいつらの才能が完全に開ききっていない今のうちに、学生という枠組みの中にいる今のうちに、絶対に叩き潰して引きずり下ろしてやる)
『まだ同調率が足りん!』
後藤の冷徹な声が、スピーカーのノイズに混ざって脳内に直接突き刺さる。
『これではシステムに意識を食われて倒れるぞ! 無駄な焦りを捨てろ! 自我を制御しろ!』
その瞬間、榊の思考の奥底で、見えない羽が一斉に羽ばたくような不快な耳鳴りが鳴り響いた。激しい肉体の痛みを、過剰な執念が無理やり塗り替えていく。
やがて、駆動音を立てていた遠心力のアームがゆっくりと回転を止め、ハッチが重々しい排気音とともに開いた。
カプセルから半ば崩れ落ちるように這い出てきた榊たちは、冷たいコンクリートの床に両手をつき、ボタボタと激しい脂汗をぶちまけながら激しく咳き込んだ。その瞳からは人間らしい生き生きとした光が消え、底の知れない暗い濁りだけが残されている。
後藤は管制室の重い扉を開けて歩み寄り、床に伏せる彼らを冷たく見下ろした。
『今日の訓練はここまでだ。各自、次の段階に備えて体調を整えておけ』
榊はふらつく膝を無理やり押さえ、信じられないほどの精神力でなんとか立ち上がった。手荒にバイザーをむしり取ると、首筋から流れる汗を手の甲で拭い、濁った瞳の奥に執念深い敵意をギラギラと蘇らせる。
『あの一年ども、全員まとめて、この学校から叩き出してやる』
榊の乾いた唇から漏れたその低い言葉には、単なる学生同士の嫌がらせを遥かに超越した、狂気じみた確かな脅威が宿っていた。その不気味な呟きは、暗い地下の要塞の壁に反響し、いつまでも冷たく響き渡っていた。




