そろそろホントの話をしようという呼びかけから始まった歴史の授業と、裏の真実をどこかで信じてしまう理由
三限目の歴史のチャイムが鳴ると同時に、前壇に立った森先生が、手元の分厚い教科書を教卓の上へドンと音を立てて投げ置いた。
白髪交じりの短髪に、退役軍人特有の鋭い眼光。かつて陸自の特殊部隊を創設したという噂を持つその老人は、不敵な笑みを浮かべて教室全体を見渡した。
『おい、お前ら。そんな嘘だらけの教科書は閉じろ。そろそろホントの話をしようか』
森先生がニヤリと笑いながら言い放つと、教室のあちこちから、待ってましたとばかりに呆れ声と大きな笑いが漏れ出た。前の席の剛田が、大きな体を揺らしながら真っ先に声を上げる。
『先生、また始まったよ! 今日は何の陰謀論すか!』
『陰謀論だと? バカを言うな。お前らが毎日ありがたがって読んでいる大手の新聞なんてな、大嘘ばかりだ。いいか、新聞を読むなら東スポだけでいい。真実は東スポにある!』
森先生が堂々と胸を張って言い切ると、クラス全体がドッと大爆笑に包まれた。女子生徒たちも机に突っ伏して肩を揺らしている。
『東スポかよ! 真実がUFOとツチノコになっちまうだろ!』
剛田がすかさずツッコミを入れると、多朗の隣の席から、おっとりとしたマナの声が響いた。
『えっ、剛田くん、ツチノコさんって東スポに行けば会えるんですか? 私、一度お会いしてみたいです』
マナが真面目な顔で目をパチパチさせているのを見て、剛田が慌てて振り返る。
『マナ、そこじゃないから! 東スポってのは新聞の名前! 会いに行ける場所じゃねえよ!』
『あら、そうなんですか? どこかの秘密基地の名前かと思いました』
マナの斜め上な発言に、教室はさらに大きな笑いに包まれた。完全にバラエティ番組のような賑やかさだ。
しかし、森先生は教卓を拳で一回カンと叩き、笑う生徒たちを鋭い目で見据えた。
『笑うな剛田、マナ! お前らが毎日観ているテレビのニュースもバラエティも同じだ。画面を眺めているうちに、なぜか自分の思考を都合よく誘導されているような感覚、お前ら脳筋どもには分からんか?』
『考えすぎだって先生! 電波浴びすぎ!』
剛田がゲラゲラと笑う。クラスの連中にとって、森先生の言葉はいつもの面白い世迷言でしかなかった。相羽も呆れたように小さくため息をついている。
森先生はチョークを指先で転がしながら、教室の後方に座る四條と鷹司へと視線を向けた。
『四條。お前の家系なら、教科書の嘘にまみれていない古いお伽話くらいは知っているだろ。あのかぐや姫の本当のところを、この脳筋どもに教えてやれ』
窓際の席で、四條が退屈そうに髪を指先で弄りながら、抑揚のない静かな声で応じた。
『あれはただの墜落事故ですよ。平安時代初期に未知の飛行物体、いわゆるUFOが墜落して、自動射出された脱出ポッドが竹林に落ちた。それがかぐや姫の正体です』
『四條まで先生の電波に乗っかるなよ!』
剛田が机を叩いて大爆笑する。しかし、その隣の席で、鷹司も静かにノートを開いたまま、淡々と四條の話を継いだ。
『ええ。我が家に伝わる古い記録でも、ポッドから救出された彼女は日本に感謝し、この地を外敵の脅威から守り抜くと誓って去った、ということになっていますね』
『ハハハ、そうそれだ! お前ら笑っているがな、そういう世迷言の裏にこそ真実が隠されているもんなんだよ』
森先生が楽しそうに声を張り上げると、剛田がまた声をあげる。
『先生、やっぱり東スポの読みすぎだって!』
またしても教室中に大爆笑が響き渡る。クラス全員がこのオカルト混じりの悪ノリを楽しんでいた。
その喧騒の中で、多朗の斜め前の席に座る相羽が、ふと真面目な顔になって椅子の背もたれに体を預けた。端正な横顔を少しだけこちらに向け、後ろの多朗にだけ聞こえる低い声で呟く。
『上宮くん。テレビの思考誘導って話、あながち笑えないかも』
『え、相羽?』
多朗が声を潜めて聞き返すと、相羽は手元のペンを見つめたまま言葉を続けた。
『私の父親、あの相羽議員だけど。テレビで見ない日はないくらい画面の向こうじゃ日本の未来を語っているじゃない。でも、家でのあの人は、何か決定的なことをずっと隠している気がするのよ。私がこの学校に入れられたのも、ただの教育方針なんかじゃない気がしてきた』
相羽の言葉は、いつも剛田をあしらう時のトーンとは違い、どこか不穏で冷たい現実味を帯びていた。
多朗は相羽の言葉に息を呑み、自分が普段の生活の中で抱いていたある奇妙な感覚を思い出していた。
自宅で何気なくテレビをつけて、バラエティ番組やニュースを眺めている時。画面の向こうの言葉や光を浴びているうちに、脳の奥がじわじわと痺れるような、まるで自分の思考を誰かに都合よく誘導されているかのような、あの底気味悪い感覚。
普段は気のせいだと自分に言い聞かせていたあのリアルな違和感が、森先生の言った言葉と、相羽の漏らした呟きと、気味が悪いほど綺麗に重なってしまったのだ。
周りの生徒たちが笑い転げる中で、多朗はただ一人、背筋に冷たい汗が流れるのを覚えていた。
『上宮くん、カッパさんに会えたら、きゅうりをプレゼントしましょうね』
隣の席から、マナが純粋に楽しそうな笑顔で話しかけてくる。多朗は『あ、ああ、そうだな』と引きつった笑みを返すことしかできなかった。
賑やかな笑い声が響く教室の中で、多朗は、前壇で不敵に笑う森先生の視線と、涼しい顔をした四條たちの姿を、静かな違和感とともに見つめ返すのだった。




