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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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川越街道の遭遇と路地裏の異種波動

 先ほど部室で組み上げた立体回路付きの異形真空管を、鳴海先輩が頑丈な鞄の奥底へと慎重に収めた。多朗たちは旧校舎の重い木扉を閉め、夕闇の迫る廊下を渡って正面の校門へと向かった。


 校門を出ると、傾きかけた西日が成増の街並みを赤黒く染め上げていた。歩道に伸びる彼らの影が一瞬だけモザイク状にチカチカと揺れ、描画のドットが不自然に欠ける。世界の解像度が落ちている。


(また空がチラついている。僕の目が疲れているだけじゃない。世界そのものが壊れかけているんだ)


 多朗の右手の指先には、まだ冷たい痺れが残っていた。それだけではない。背後から刺すような冷たい視線を感じ、右手の奥がドクンと激しく脈打つ。


(誰かが僕たちを見張っている。朝霞の夜道で感じたあの気配と同じだ。後藤教官側の監視か)


『上宮、本当に足が遅いぞ。空腹で歩く気力も失せたか』


 先頭を歩く鳴海先輩が、黒髪を揺らして振り返った。一切の感情を読ませない静かな笑顔を浮かべているが、その鞄からは微かに青白く透ける高次元の残光が漏れ出していた。


『そんなことはありませんよ、先輩。普通に歩いています』


 多朗は冷や汗を隠しながら答えた。実際、歩きづらい最大の原因は右側にある。


『上宮君、私の歩行速度に合わせる必要はありません。いつでもあなたの生体リズムに私の歩幅を完全同期させる用意があります』


 右腕に隙間なく固く抱きついたマナが、涼しい瞳で多朗の顔を覗き込んできた。彼女の体内から伝わる微弱なナノマシン波動が、多朗の右手に宿る過剰な熱を打ち消している。


『ちょっとマナ! 公道に出てもまだ多朗にまとわりつくなんて、本当に図々しいわね!』


 左側を歩く琴音が、顔を真っ赤にして拳を強く握りしめた。


 その瞬間、琴音の激しい感情の高ぶりに呼応するように、街道沿いの街路樹が一斉に異様な不協和音を奏でてガタガタと大きく揺れた。風もないのに大気がぐにゃりと歪み、周囲の温度が局所的に急降下する。精霊界と同調する彼女の潜在能力が、無意識のうちに現実の気象を狂わせ始めていた。


『これは動線の確保です。不純物の干渉から上宮君を防護しています』


『不純物って何よ! 多朗、あんたも鼻の下を伸ばしてないで、何かはっきり言いなさい!』


『伸ばしてないって! 大きな声を出すなよ琴音。街路樹まで不自然に揺れてるじゃないか。ほら、マナも少しだけ腕を放してくれ』


 多朗の制止も、二人の激しい言い合いにかき消される。一歩後ろでは、九条が怪奇雑誌を抱えて静かに歩いていた。


『多朗くんの周囲だけ、空間の膜が破れかけています。お天道さまの網目をすり抜けた冷たい視線が、路地の陰からこちらを覗いていますよ』


 九条が抑揚のない声で不吉な電波発言を呟く。


 一同は賑やかな会話を続けながら、広い川越街道の歩道へと出た。大型トラックがけたたましい排気音を立てて走り抜けていく。


 曲がり角の電柱の陰で、奇妙な自作の測定箱を手にした少女が立っていた。1年A組のクラスメイトであり、通路を挟んだ席に座る才女、相羽だった。彼女は機械の画面に表示される緑色の数値を睨みつけ、深刻な顔で首を傾げている。


『相羽? お前、そんなところで何をしてるんだ』


 多朗が足を止めて声をかけると、相羽は驚いたように鋭い視線を上げた。


『ん、上宮くんか。いや、ちょうどいいところに。このあたりの空間定数が、ここ数日不自然に0.003%ズレていてね。既存の物理法則を超えた高次元の波動が、大地の底から不快なノイズとなって漏れ出しているんだ』


 相羽は科学知識が豊富で、細かな数値の異常も見逃さない。彼女の持つ計器の小さな画面には、複雑な緑色の線が上下に激しく波打っていた。


 相羽が計器のセンサーを鳴海先輩の抱える鞄に向けた瞬間、画面の数値が狂ったようにレッドゾーンへと振り切れた。


『な、なんだこの数値は!? 鳴海先輩、その鞄の中に何が入っているんだ? 通常の地球上の物質ではあり得ない周波数帯のデータが、空間を歪めながら放射されている!』


『ふふ、ただの工作の部品よ、相羽さん。あまり深入りしない方が、あなたの綺麗な頭脳のためだと思うわ』


 鳴海先輩は目が笑っていない笑顔のまま、鞄を背後に隠した。


『科学の網に引っかからない迷子なら、あちらの路地の薄暗い隙間にたまっていますよ』


 九条が表情を変えずに、街道から少し外れた細い路地の入り口を指差した。


 街道の向かい側、雑居ビルの2階の影から、眼鏡をかけた四條蓮が冷ややかにこちらを見下ろしているのが見えた。四條は手帳に鉛筆を走らせ、多朗たちの反応や相羽の測定データを冷酷に記録している。四條の視線に気づいた多朗は、背筋に寒気を覚えた。


 九条が指差した路地の物陰からは、白い煙が細く立ち昇っていた。そこにいたのは、黒い革ジャンを羽織った強面の男だった。鋭い眼光を放ち、壁に背を預けて静かに佇んでいる。男の横には、なぜか同じクラスの剛田が直立不動で立っていた。


『おい、剛田じゃないか。あんなところで何をしてるんだ』


 多朗が呟いた瞬間、革ジャンの男が鋭い視線をこちらに向けてきた。切り裂くような強烈な風の威圧感に、琴音が息を飲んで多朗の後ろに身を隠す。


『あ? 何だお前ら。高校生がぞろぞろと群れて何のお散歩だ。邪魔だから路地の端を歩きな』


『あ、クラスケの兄貴! すみません、こいつらは俺のクラスメイトの上宮たちです! これから飯を食べに行くところでして!』


 剛田が慌てて手を振る。


『剛田、その人はお前の知り合いなのか』


『おう、クラスケの兄貴だ! このあたりの組の若頭でさ、めちゃくちゃ強くて頼りになる俺の兄貴分なんだぜ!』


 クラスケと呼ばれた男の正体は、妖怪部隊の突撃隊長である現代風の鴉天狗だった。クラスケは多朗の右手と鳴海先輩の鞄を見つめ、不快そうに鼻を鳴らした。


『ふん、あの婆さんの店に行くのか。ならとっとと行きな。ひょろひょろしたツラしてねえで、しっかり山盛り食って体作っとけ。いざって時に足が動かねえ奴から真っ先にバテて落っこちてくんだからよ』


 クラスケはぶっきらぼうに吐き捨てると、風を切るような人間離れした速度で路地の奥へ消えた。


『変わった人ね。でも、どこか懐かしい自然の風の気配がしたわ』


 鳴海先輩が静かに呟く。


『私の測定も一度切り上げよう。上宮くん、私もその定食屋に同行していいかい。九州で流行している性格変化の風邪や、トランプ前大統領が予告している7月4日の情報公開ログと、この空間の歪みがどう関係しているのか、君たちのデータをじっくり観察したい』


 相羽が測定器を鞄に仕舞いながら、鋭い論理的思考の光を眼差しに宿した。


『おう、相羽も来るなら大歓迎だ! 人数が多い方が飯は美味いからな!』


 剛田が嬉しそうに声を上げる。


 賑やかな一行は再び歩き出し、夕風に揺れる定食屋『さわや』の紺色の暖簾を目指した。


(みんなで笑ってご飯を食べる。こんな当たり前の日常が、本当はどれだけ脆いものなのか)


 多朗は自身の右手を見つめた。冷たい痺れの奥で聞こえる高次元のノイズは、残酷な未来の影が、静かに、そして確実に警告していた。

 

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