異形真空管の共鳴とオテントサマの鼓動
放課後の旧校舎最上階。西日の差し込む長い廊下の突き当たりに、ジャンククラフト部の部室はある。扉を開けると、長年使い込まれた工具の油の匂いと、半田ごてが熱を持ったときの独特の香りが鼻を突いた。部屋の中には街の各所から引き取ってきた壊れた家電製品や、複雑な配線がむき出しになった機械の部品が所狭しと積み上げられている。
天井の蛍光灯が、チカチカと不規則に不気味な明滅を繰り返していた。
『よし、全員揃ったわね。それじゃあ、あの古本屋で手に入れた謎の部品の解析を始めるわ』
部長の鳴海先輩が、作業机の上の工具を静かに脇へ退けながら声をかけた。黒髪ロングの髪を揺らし、一切の感情を読ませない静かな笑顔を浮かべている。その手には、先ほど川越街道沿いの古本屋で拾い上げた、銀色に鈍く光る異様な形状の真空管が握られていた。
『鳴海先輩、まずは外観の確認からにしましょう。無理に分解して壊したら意味がありませんからね』
多朗は鞄を机の横の棚に置き、作業用の薄い手袋をはめながら言った。右手の指先に感じている冷たい痺れが、この真空管を前にすると脈打つように強くなっていく。
『ふふ、大丈夫よ上宮君。私を誰だと思っているの? あなたのその素晴らしい手腕を傷つけるような真似は絶対にしないわ』
鳴海先輩は笑っているが、その目はまったく笑っていない。多朗の右手に注がれる視線には、底知れない狂気的な執着が滲んでいた。
『怪異の領域ではありません。この部品、さっきから小さな悲鳴で、私に話しかけてくるのです』
部室の隅で細い導線の被覆を剥いていた九条が、怪奇雑誌を小脇に抱えたまま、足音もなく多朗の隣に並んだ。
『九条、悲鳴だなんて不吉なことを言うなよ』
『嘘ではありません。お天道さまのコードと混ざり合って、未来のパパの記憶が助けを求めています』
九条の抑揚のない電波発言に、多朗が背筋を凍らせたその瞬間だった。デスクの上に置かれた六基の手のひらサイズドローンが一斉に駆動音を上げ、静音警戒モードへと移行した。
オタク気質のドローン六番が甲高い警告音を鳴らし、続いてリーダー格の一番がプロペラを激しく振動させながら叫んだ。
『鳴海先輩の背後に漂うオーラも恐ろしいでござるが、このパーツから届く暗号化信号、次元を超えて解析不能でござる!』
『おいおい多朗、なんだこのヤバい周波数は! 風速換算でカテゴリー五の台風並みのデータ圧力がかかってるぞ!』
『上宮君!』
不意に部室の木扉が勢いよく開き、マナが飛び込んできた。彼女は一直線に多朗へ向かうと、躊躇することなく多朗の右腕に固く抱きついた。
『うわっ、マナ!? 急に何するんだよ!』
『放しません! 上宮君の身体負荷が閾値を超えました。これ以上の高次元データの流入は脳を破壊します。ご先祖様を保護します!』
マナの肌から微弱な電流のようなナノマシン波動が伝わり、多朗の脳内を焼き切ろうとしていた激しい偏頭痛が、すっと和らいでいく。
『ちょっとマナ! 何よその恥知らずな引っ付き方は!』
廊下から追いかけてきた幼馴染の琴音が、般若のような顔で怒鳴り込んできた。琴音の激しい感情の高ぶりに呼応するように、部室の窓ガラスがガタガタと震え、局所的な突風が室内の紙くずを舞い上げる。
『琴音まで、なんでここにいるんだよ』
『多朗が放課後、怪しい女の先輩と路地裏の古本屋に入っていくのが見えたからに決まってるでしょ! 部活中になに鼻の下を伸ばしてるのよ!』
『伸ばしてない! これは真面目な部品の解析だ!』
『言い訳は見苦しいです、多朗さん。私は多朗さんのすべてを肯定しますが、不純物の介入は排除します』
マナは琴音を見つめながら澄ました顔で言い放ち、多朗の腕にさらに深く頬を寄せた。
『静かにしなさい、二人とも』
鳴海先輩が静かな声で言った。その一言に含まれた絶対的な低温の威圧感に、琴音も息を飲んで口を噤む。
『上宮君、右手を出して』
『え?』
『あなたのその右手なら、このパーツが何を求めているのか分かっているはずでしょう?』
鳴海先輩の促しに吸い寄せられるように、多朗は右手を銀色の真空管の上へかざした。
その瞬間、視界の解像度が極端に落ちた。成増の夕空から差し込んでいた光がモザイク状にチカチカと激しく明滅し、空間のドットが欠けるような錯覚が走る。
激しい冷気とともに、多朗の右手は意思と無関係に動き始めた。
カチ、カチカチカチッ。
作業机の上に転がっていたジャンク基板、銅線、古いコイル。多朗の指先は人間離れした超高速でそれらを拾い上げ、寸分の狂いもなく真空管の周囲へ立体的に組み上げていく。
『すごい、指が勝手に動き出す!』
『イチ番、二番、記録しろ! 多朗の右手が描いているのは、三次元の幾何学を超越した立体幾何学回路だ!』
ドローン四番が興奮して叫び、二番が冷静に青いレーダー光を照射する。
『生体データ異常なし。ただし上宮多朗のハプロ遺伝子演算領域が一時的に未来のサーバーと直結しています』
パチ、パチチチッ!
立体配線の中心で、真空管が青白く不気味な光を放ち始めた。部室全体がエレベーターで急降下するような強烈な浮遊感に包まれる。
『あは、見えたよ。お天道さまの冷たいお腹の中で、みんなが焼けていくのが見える』
九条がぼんやりとした目で天井を見上げ、ぽつりと呟いた。
多朗の脳裏に、一瞬だけ恐ろしい光景がフラッシュバックする。火の海と化した成増の街並み、巨大な異形の影、そして倒れていく仲間たちの姿。
限界に達した多朗の指を、マナが強く握り込んだ。体内の量子コアからナノマシンの制御波動を一気に解放し、多朗へ過剰に注ぎ込む高次元データを遮断する。
青い火花が収まり、多朗は荒い息を吐きながら床に膝をついた。立体回路は完成し、異形真空管はまるで生き物のようにかすかな鼓動を打っている。
『見事だわ、上宮君。やっぱりあなたは特別ね』
t鳴海先輩は完成した回路を見つめ、陶酔したような笑みを浮かべた。
右手の痺れは引いたが、多朗の心には拭いきれない恐怖が残された。この学校で、そしてこの成増で、何か恐ろしい世界の崩壊が始まろうとしている。多朗は自身の右手を見つめながら、ただ冷や汗を流すことしかできなかった。




