↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/81

地下の異形と狂った液晶の空

 昨日の夕方、川越街道の路地裏で目撃したあの不気味な空間の波打ちと砂嵐のような雑音は、日常という名の平穏が内側から激しく軋み始めた予兆のようだった。


 多朗たちは放課後、不自然な静寂に包まれた校舎の裏手に集まっていた。


 相羽が自分の鞄から取り出して広げたのは、大物政治家である父親のコネクションを通じて密かに入手したという、成増航空高校の建築設計図であった。


『間違いありませんわ。新設されたこの第一校舎の設計図には、一切記載のない隠された空間が、この一階奥の階段下に確実に存在します。私の計算とデータから見ても、あの路地裏で起きた空間密度の異常な歪みの発生源は、この校舎の地下にあります』


 相羽が眼鏡の枠を押し上げながら、低い声で断言した。


(お気楽な学校の裏側で、確実に何かが狂い始めているぞ。相羽の言う通り、この下に世界のバグの原因があるのか)


 多朗はゴクリと唾を飲み込みながら、胸の内で呟いた。


『ちょっと、なんでマナまで当然みたいについてくるのよ! 後から入ってきたくせに、調子に乗らないでよね!』


 琴音が不機嫌そうにマナを強く睨みつけた。その瞳には、未知の空間への恐怖だけでなく、多朗のすぐ隣を歩く新参者への強い対抗心が宿っていた。しかしマナは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままであった。


『私は多朗くんの行く場所なら、どこへでも一緒に行きます。それが私の大切な役目ですから』


 マナの言葉には、ただの同級生を超えた絶対的な響きがあった。


 五人は光の届かない薄暗い地下階段を、一段ずつ息を殺して降りていった。壁からはひんやりとした冷気が立ち込め、古い湿気と金属の焦げた匂いが鼻を突く。辿り着いたのは、行き止まりに佇む分厚い鉄の扉の前であった。


 多朗が息を潜め、重い扉の僅かな隙間から中を覗き込んだ。


 そこには、高校の校舎内とは思えない異様な光景が広がっていた。


『よし、次だ。各自、配給された分量を速やかに体内に摂取しろ。遅れる者は容赦せんぞ。世界は待ってくれんのだ』


 部屋の奥から、後藤教官の竹刀を床に叩きつける荒々しい怒号が響き渡った。黒ジャージを着た教官の前には、二年生の先行調整組である榊先輩たちが、まるで感情を持たない人形のように直立不動で並んでいた。先輩たちの手には、蛍光を放つ不気味な紫色をした、見たこともない奇妙な丸薬が握られている。


『これを飲めば、さらに世界の変革に適応できるのだな。神へと近付くための通過点というわけだ。喜んで捧げよう』


 榊先輩は狂気的な笑みを浮かべながら、躊躇なくその丸薬を口に放り込み、一気に噛み砕いた。その瞬間、榊先輩の瞳が怪しく深紅に発光し、全身の血管が黒い筋となって皮膚の表面に太く浮き上がった。


『ぐあああああ』


 獣のような苦悶のうめき声を上げる榊先輩に対し、後藤教官は表情一つ変えずに吐き捨てた。


『そうだ。あの方が望む世界統一政府設立において、脆弱な旧人類の肉体のままでは生き残ることはできん。過酷な訓練と、この特殊な薬物による細胞の刷新こそが、お前たちを次の段階へ導くのだ。痛みに耐えろ』


 隙間からその光景を見ていた相羽が、息を呑んで囁いた。


『あの薬、一般的な化学反応で作られた物質ではありませんわ。物質の基礎となる量子構造を無理に繋ぎ止めたような、極めて危険な構成をしています。人間の精神をも内側から破壊しかねない悪魔の化合物です』


『俺たちのクラスで行われている過酷な肉体強化も、まさか最終的にはあんな怪しい薬を飲まされることになるのか。そんなのは御免だぞ』


 剛田が恐怖に顔を歪め、腕の肉体を強張らせた。


(選別だと。一体誰が何の目的でそんなことをしているんだ。後藤教官の言っていた世界統一政府って何なんだ)


 多朗が胸の中で激しく動揺した、まさにその時だった。


 室内の空気が一瞬にして凍りつき、後藤教官の鋭い視線が、多朗たちが潜む鉄扉の隙間へと一直線に向けられた。


『誰だ、そこにいるのは。不届きな鼠が紛れ込んだようだな』


 後藤教官が竹刀を一閃させた瞬間、凄まじい衝撃波が走り、分厚い鉄扉が内側から爆発したかのように激しい音を立てて吹き飛んだ。


『うわあああ』


 吹き飛んだ鉄の破片が鋭い凶器となって多朗たちを襲う。しかし、その直前に剛田が叫びながら前に飛び出した。


『させるかよ。俺の身体よ、持ちこたえろ』


 剛田の全身から無意識の肉体防壁が展開された。鉄の破片は激しい金属音を立てて弾け飛び、多朗たちへの直撃は免れた。しかし剛田はその衝撃に耐えかねて大きく後退し、膝をついた。


『ほう、一年生のアドバンス個体か。未完成の出来損ないが、この聖域を覗き見るとは身の程を知れ』


 煙塵の向こうから、瞳を深紅に光らせた榊先輩が歩み出てきた。その身体からは、常人では耐えられないほどの濃密な悪意の圧迫感が放たれ、地下室の空間を物理的に歪めていく。


『上宮多朗、ここで処刑してやる』


 榊先輩が空間をぐにゃりと歪め、一瞬で多朗の目の前へと肉薄してきた。


(死ぬ。速すぎて目でも追えない)


 多朗の身体が恐怖で完全にすくんだ、その時だった。


『多朗に触らないで』


 琴音が悲鳴のような叫び声を上げ、両手を前へと強く突き出した。


 その瞬間、琴音の潜在的な空間干渉能力が爆発的に発動した。榊先輩が歪めていた周囲の空間が、目に見える波となって力ずくで押し戻され、榊先輩の身体は弾き飛ばされるように元の位置へと強制的に固定された。


『何だと、空間を直接押し戻したというのか』


 榊先輩が顔を歪めて激昂した。しかし後藤教官がそれを制するように前に出た。


『深追いするな。こいつらはまだ貴重な調整素体だ。ここで壊すわけにはいかん』


『多朗くん、こちらです。この通路から脱出します』


 マナが多朗の手を強固な力で引き、壁にある狭い隠し換気口を示した。相羽が剛田の巨体を肩で支え、琴音が空間の歪みを牽制しながら、全員で換気口の中へと滑り込んだ。


 息を激しく切らしながら辿り着いたのは、校舎裏の中庭であった。


『はあ、はあ、本当に死ぬかと思ったわよ。なんなのよあの紫色の薬は』


 琴音が地面に座り込み、激しく胸を上下させた。


『多朗くん、空を見てください』


 マナの静かな声に促され、全員が天を見上げた。


 四月の夕暮れの空は、本来ならば美しい茜色に染まるはずであった。しかし、そこに広がっていたのは、まるで壊れた液晶画面のように、空の一部がチカチカと不自然に明滅する不気味な光景であった。走査線のような横線が走り、雲の動きが不自然に静止している。


『何よこれ。空が画面みたいに割れているじゃない』


 琴音が絶望的な声を上げた。


 多朗は言葉を失い、ただ不気味に明滅する空を見つめていた。お気楽な日常の裏側で、決定された世界の崩壊が、確実に自分たちの足元まで迫っていることを確信しながら。 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。