保健室のベッドは天国だし、先生の呟きはやっぱり少しおかしい
「おい剛田、しっかりしろ。おい、死ぬな剛田」
多朗が仰向けに倒れた剛田の肩を揺さぶるが、剛田は白目を剥いたまま、ぴくりとも動かない。ただ太ももの筋肉だけが、見たこともないような形でピクピクと痙攣していた。
「完全に足が攣ってるわね。無理もないわ、あの筋肉痛でさらに走らされたんだから」
相羽が腰に手を当てて見下ろす。隣では琴音が心配そうにオロオロとしていた。
「おい、上宮。剛田を保健室まで運べ。マナ、お前も手伝え」
朝礼台の上から、後藤教官が面倒くさそうに声をかけてくる。多朗が「え、俺一人でこいつを担ぐんですか」と言いかけるより早く、マナが、はい、と小走りで近づいてきた。
「私、足の方を持ちますね」
マナはそう言うと、剛田の太い両足をひょいと持ち上げた。まるで軽い荷物でも扱うかのような軽やかさだった。多朗は慌てて剛田の脇の下に腕を通し、上半身を引き上げる。
「うわ、剛田のやつ、見た目通り重っ。マナ、大丈夫か」
「はい、全然重くないですよ。お米の袋みたいです」
大柄な剛田を前後から抱え、多朗とマナはグラウンドを横切って校舎へと向かう。後ろから琴音と相羽が、剛田の脱げかけた靴を持ってついてきた。
保健室の引き戸を開けると、中から薬品の匂いと一緒に、先ほど朝礼台の横にいた白衣の先生が出迎えた。
「あらあら、さっそく一人脱落ね。そこに寝かせて」
先生の指示に従い、剛田をベッドに横たえる。シーツに背中がついた瞬間、剛田が、はうっ、と大きく息を吹き返した。
「ここは、天国か。俺はついに、カツサンドの国へ逝ったのか」
「バカ言え、保健室だよ。生きててよかったな」
多朗が汗を拭いながらパイプ椅子に座り込む。先生は手際よく剛田のジャージの裾をめくり、冷たい湿布とアイスパックを巻きつけていった。
「ひゃんっ、冷たい。先生、優しくして」
「うるさいわね、自業自得よ。しばらくそこでじっとしてなさい」
先生は剛田の頭を軽く叩くと、今度は多朗の横に立っていたマナの方をじっと見つめた。その目が、普通の生徒を見るものとは明らかに違っていて、多朗は少し身構える。
「あなた、転校生のマナさんよね」
「はい、そうです」
「ちょっと腕を出して。心拍数を測らせてね」
先生はマナの手首を掴み、腕時計の秒針に目を落とした。数十秒の沈黙が流れる。多朗や琴音たちは、まだゼーゼーと荒い息を吐き出しているというのに、マナの胸元は静かに上下しているだけだった。
「やっぱりね。あなた、本当にあの距離を走ってきたの。脈拍が普通の人間の平熱時と変わらないわよ」
「はい。後藤先生の笛に合わせて、ちゃんと走りました」
マナが不思議そうに首を傾げる。先生はマナの手首を離すと、カルテに何かを書き込みながら、ボソッと呟いた。
「適合率が高すぎるのも、それはそれで不気味ね。一体どこでそんな風に調整されたのかしら」
「先生、それどういう意味ですか」
多朗が思わず聞き返すと、先生はハッとしたようにカルテを閉じ、いつものすました笑顔に戻った。
「何でもないわよ。それより上宮くん、あなたたちも授業に戻りなさい。剛田くんは次の授業が終わるまでここで強制休業だから」
ベッドの中から、剛田が、よっしゃあ、と小さくガッツポーズを作るのが見えた。多朗はマナの顔を見たが、彼女は相変わらず、何も考えてなさそうな穏やかな笑みを浮かべているだけだった。




