二日連続の絶望グラウンドと、すれ違いざまに聞こえる誰かの秘密
ピーーーッ。
後藤教官の容赦ないホイッスルが秋晴れのグラウンドに響き渡る。
「足が、足が前に出ねえ。後藤の鬼、悪魔。絶対呪ってやる」
「剛田、呪う元気があるならちょっとはスピード上げなよ。あんたが遅れると連帯責任になるでしょ」
相羽が息を荒くしながら剛田の横に並ぶ。剛田の顔はもう汗だくで、今にも泣き出しそうだ。
「言われる筋合いはねえよ。おい多朗、お前さっきから無言だけど平気なのか」
「平気なわけないだろ。一歩走るたびに太ももが引きち切れそうなんだよ。琴音、大丈夫か」
多朗が隣を見ると、琴音はすでに顎が上がっていて、苦しそうに頷くだけだった。みんな昨日のシャトルランで生まれたての小鹿状態なのだ。
そんな四人の間を、マナが昨日と全く変わらない綺麗なフォームで、すーっと追い抜いていく。
「嘘だろ、あいつ本当に筋肉痛ないのかよ」
多朗が呆然と声を漏らす。
「待ってマナさん、なんでそんなに涼しい顔して走れるの。何かコツでもあるの」
琴音が必死に声をかける。マナは走りながら器用に振り返り、ニコニコと微笑んだ。
「コツですか。うーん、呼吸を止めないで、地面の反発をそのまま上に逃がす、みたいな感じでしょうか」
「お前それ、完全にアスリートのセリフじゃねえか。おい、待ってくれよ」
剛田の懇願も虚しく、マナの体操着の背中は軽快に遠ざかっていく。
グラウンドの隅、給水所のベンチには、ジャージのチャックを全開にした二年生らしき先輩たちが数人、座ってこっちを見ていた。
「おい見ろよ、今年の計画の対象、二日連続であんなにしごかれてるぞ」
「うわ、可哀総に。でも例の転校生の女の子、やっぱり足並みが全然違うな。上からのお達し通りか」
「だな。普通の人間ならあのペース、二日目は絶対に維持できないだろ」
すれ違いざまに聞こえた先輩たちの奇妙な掛け合いに、多朗の意識が一瞬そっちに向かう。計画の対象。上からのお達し。ただのサボり先輩の会話にしては、不穏な単語が混ざりすぎている。
「多朗、前見て走れ。スピード落ちてるぞ」
相羽の叱咤に、多朗は慌てて足を前に進めた。
四人はそのまま、朝礼台の前へと差し掛かる。拡声器を片手にした後藤教官の隣に、いつの間にか白衣を着た保健室の先生が並んで立っている。二人はこちらを見下ろしながら、低い声で言葉を交わしている。
「後藤、少し詰め込みすぎじゃない。まだ環境に慣らしてない個体もいるのよ」
「時間がないんだ。向こうの境界線がいつ崩れるか分からんからな。走れる奴から叩き上げる」
「それは分かるけど、あの子たちの精神が先に壊れたら元も子もないわよ」
先生たちのボソボソとした呟きが、ゼーゼーと息を切らす多朗の耳をかすめて通り過ぎていく。個体、境界線。学校の教師が使うとは思えない言葉が、またしても頭に引っかかった。
「はい、皆さん、ファイトです。もうすぐ一周ですよ」
前方を走っていたマナが、くるりと器用に後ろ向きに走りながら、多朗たちに向かって無邪気に手を振った。本当に息一つ乱れていない。
「マナ、お前、本当はどこかの陸上部だったのか」
多朗が声を絞り出すと、マナはいつもの抜けた笑顔で言った。
「いいえ。これくらいなら毎日、山の上を走っていましたから。だから平気です」
山の上。
成増の、あの川越街道を下った先にある、名もなき古い社。あそこにそんな山があっただろうか。
多朗が頭の中で地元の地理をなぞろうとした、その時だった。
「お、俺の、カツサンドが……」
後ろから、剛田の不穏な呟きが聞こえた。
「ちょっと剛田、変なこと言ってないで足を」
相羽が振り返るのと同時に、剛田が、あ、と短い声を上げてグラウンドに膝から崩れ落ちた。砂煙が舞い、多朗たちの間に激震が走る




