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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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錆びた鉄の匂いがする先輩と、無自覚に弾かれた放課後の悪意

 すべての授業が終わり、夕暮れが教室をオレンジ色に染める頃、ようやく剛田が保健室から戻ってきた。両足に大きな湿布を何枚も貼り付け、情けない顔でペンギンさながらの歩き方をしている。


「生き返った。あのベッドは本当に天国だった。でも腹が減って死にそうだ」


「あんた、保健室で寝てただけじゃない。よくそんなにすぐお腹が空くわね」


 相羽がカバンを肩にかけながら、呆れたように鼻で笑う。

 多朗と琴音、そしてマナも合流し、五人はいつものように連れ立って校舎の昇降口へと向かった。渡り廊下を進み、中庭の木陰に差し掛かった時のことだ。


「おいおい、生まれたての小鹿ちゃんたちが、ようやくお帰りか」


 上から降ってきた低い声に、多朗は足を止めた。

 見上げると、中庭に張り出した非常階段の手すりに、一人の男子生徒が腰をかけていた。昼間のグラウンドのベンチで、自分たちを冷ややかに見下ろしていたあの二年生の先輩だ。名は榊という。ジャージの襟を大きくはだけさせ、鋭い目でこちらをねめつけている。


「榊先輩、何か用ですか」


 多朗が警戒しながら問いかけると、榊は階段から音もなく飛び降りた。着地の瞬間、まるで重力がないかのように、一切の足音がしなかった。その不自然さに、多朗の肌が粟立つ。


「用があるのは俺じゃなくて、お前たちのほうだよ。特にその、新しく入ってきたお人形さんだ」


 榊はゆっくりと歩み寄り、マナのすぐ目の前で足を止めた。

 その瞬間、周囲の空気が一気に重くなった。まるで目に見えない鉄の壁が押し寄せてくるような、息苦しい圧迫感だ。琴音が、くっ、と短い息を漏らして多朗の後ろに隠れる。榊が放っているのは、ただの不良の威嚇ではない。空間そのものを変質させるような、明確な悪意の塊だった。


「二年生の先行調整組、か。ずいぶんと偉そうね」


 不意に、相羽が冷ややかな声を上げた。

 榊の眉がぴくりと動く。相羽は怯えるどころか、つまらなそうに榊を睨み返した。その瞬間、多朗たちの周りを覆っていたあの重苦しい圧迫感が、ガラスが割れるような音を立てて、唐突に霧散した。

 いや、音は聞こえなかった。ただ、多朗の感覚がそう捉えたのだ。


「ほう。お前、今俺の圧を弾いたな。一般人の出来損ないの分際で、面白い真似をする」


 榊の目がぎらりと光り、今度は相羽に向けて一歩を踏み出そうとする。

 その行く手を遮るように、剛田がのっそりと間に割って入った。まだ足を引きずっているはずなのに、その動きには一切の隙がなかった。


「先輩、悪いけど俺たち、めちゃくちゃ腹が減ってるんだ。因縁つけるなら、せめて購買にカツサンドが残ってる時間にやってくれないか」


 剛田が頭を掻きながらぼやいた。ただそれだけのことだったが、剛田の背中から放たれた目に見えない壁が、榊の接近を完全に拒絶していた。榊はそれ以上、前へ進むことができず、忌々しそうに足を止めた。


「チッ、一年生のアドバンス個体どもが。少しは骨があるようだな」


 榊はマナを一瞥し、それから多朗の目をじっと見据えた。


「上宮多朗、だったな。せいぜい今のうちに、その普通の高校生ごっこを楽しんでおくんだな。境界線が完全に開いたとき、最初に死ぬのはお前みたいな覚悟のない奴だ」


 榊はそれだけ言い残すと、ポケットに手を突っ込み、錆びた鉄の匂いを残して校門の方へと歩き去っていった。

 静まり返った中庭で、多朗は自分の手のひらを見つめた。今の榊の言葉と、相羽や剛田が見せたあの不可解な力。誰も何も説明していないのに、自分たちの身体が、何かに適応し始めていることだけは確かだった。


「……何、あいつ。感じ悪い」


 相羽がいつものトーンで不機嫌そうに呟き、ようやく全体の緊張が解けた。

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