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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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底知れぬ熱源の咆哮

『全員、耐衝撃姿勢をとれ! 地下からの衝撃波が来るぞ!』


 地上の指揮車輪の上で、一馬が裂帛の気迫を込めて叫んだ。


 直後、市ヶ谷の台地全体がまるで巨大な怪物の胃袋に呑み込まれたかのように、激しく上下に跳ね上がった。防衛線の舗装路面が無残にひび割れ、地下換気口の鉄格子から紅蓮の霊気と青白い電磁閃光が猛烈な勢いで噴き上がる。


『きゃあっ!』


『うわっ、機体の姿勢制御が持っていかれる!』


 低空で旋回待機していた【零二】の操縦席で、副座の相羽みなみと剛田猛が同時に声を上げた。


 激しい乱流と高密度の霊的圧力が白銀の機体を下から突き上げる。剛田は両腕の金属固定金具をギチギチと軋ませ、歯を食いしばりながら操縦桿にしがみついた。


『くそったれが、下から化け物が突き上げてきやがる! 多朗、これ以上この高度で浮いてたら推進器の熱が狂っちまうぞ!』


『剛田、機首を下げろ! 地下換気坑の搬入口へ突っ込むんだ!』


 主座の上宮多朗が鋭く叫んだ。


『一馬兄さん、地下要塞の換気区画の非常隔壁を開けてくれ! 【零二】の月読炉心を直接地下の主炉心に接続して、逆転している次元位相を上書きする!』


 地上の通信機から、一馬の緊迫した声が即座に返ってきた。


『無茶を言うな多朗! 内部の温度はすでに千度を超えている。備蓄炉心が崩壊すれば、お前たちごと虚空の塵になるぞ!』


『このまま外で見ているほうが確実に全滅します! 新宿で敵の親玉を仕留めたばかりなんだ、ここで帝都の心臓部を吹き飛ばされてたまるか!』


 多朗の気迫に満ちた返答に、一馬は一瞬だけ息を呑み、すぐに指揮卓の通信路を切り替えた。


 『総員に通達、第一搬入路の大扉を非常開放! 空の機体をそのまま地下中枢へ誘導しろ! 死ぬ気で弟たちの背中を守れ!』


 地上の防衛兵たちが即座に動いた。巨大な油圧シリンダーが轟音を立て、ひび割れた大地に口を開けた非常用大扉が重々しく左右へと開いていく。


『陣内、演算盤の全出力を防壁に回せ! みなみ、地下の周波数同調を頼む!』


『了解です。熱線遮蔽用の三重多面防壁、瞬時に展開します!』


 後方で陣内竜太郎の眼鏡が青白く光り、電磁鍵盤を叩く指先が目にも留まらぬ速さで舞った。


『上宮くん、地下炉心の波形を捕捉したわ! だめ、波形が八重に分裂して暴走してる。普通の冷却手段じゃ絶対に抑え込めない!』


 みなみの瞳に走る数理幾何学の紋様が激しく明滅し、額に大粒の汗が滲む。


『突入するぞ、舌を噛むなよ!』


 剛田の咆哮とともに、【零二】は紅蓮の炎が噴き出す地下の大穴へと垂直に飛び込んだ。


 暗黒の縦坑を一瞬で突き抜け、機体は広大な地下ドーム状の要塞中枢区画へと滑り込んだ。


 そこは、かつて日本陸上防衛部隊が極秘裏に建造した帝都防衛の最終拠点だった。しかし今、その中心に鎮座する十米四方の球形炉心は赤黒い亀裂に覆われ、周囲の金属壁をドロドロに融解させながら、空間そのものを歪める重力波を撒き散らしていた。


『うっ、頭が、割れそうだ』


 多朗の額の生体端子が激しく熱を帯び、視界が真っ赤に染まった。炉心から溢れ出るのは単なる熱量ではない。多面体群が仕掛けていった悪意に満ちた情報汚染の奔流だった。


『上宮くん、しっかりして!』


 みなみが身を乗り出し、多朗の手を背後から固く包み込んだ。


 みなみの冷涼で澄み切った霊的波長が流れ込み、多朗の煮え立つような意識の濁流を押し留める。


『すまない、みなみ。助かった』


『お礼は後! ほら、見て。炉心の制御棒が全部途中で焼き付いて止まってるわ。物理的な力で押し込まないと、霊的な遮断が完了しない!』


 立体表示盤に映し出された炉心の基部には、三本の巨大な耐熱合金製の制御棒が、歪んだ枠組みに引っかかって停止していた。手動操作盤は完全に溶け落ち、遠隔操作は一切受け付けない。


『よし、俺の出番だな』


 剛田が操縦桿を多朗に預け、座席の拘束具を乱暴に外して立ち上がった。両腕の骨折を固定する金属金具が痛々しい音を立てる。


『剛田、お前その腕で何をする気だ!』


 陣内が叫んだ。


『見ての通りだよ。あの引っかかってる杭を、上からぶん殴って叩き込めばいいんだろ? 操縦は多朗とみなみちゃんに任せた。外に出て直接ぶっ叩いてくる』


『馬鹿野郎、外は千度近い高熱地獄だぞ! 生身で出たら一秒で消し炭だ!』


『耐熱外殻服を着て、【零二】の防壁の内側から作業用機動腕を操作するだけだ。痛えのなんて新宿の戦いに比べりゃ屁でもねえ。死んだ親父や祖母ちゃんに、成増の男が根性なしだったなんて顔向けできねえからな!』


 剛田は太い腕に巻かれた菊子祖母の手拭いを歯で強く結び直し、機体下部の整備昇降口へと駆け出していった。


『陣内、剛田の周囲に局所防壁を二重に張れ! 絶対に熱を通すな!』


 多朗は叫び、操縦桿を握り直した。


『言われなくてもやります! 剛田、死んだら承知しませんからね!』


 陣内の叫びとともに、機体下部から投光器の光が伸び、作業用機動腕の鋼鉄の爪が露出した。剛田が狭い耐熱作業室から手動操縦桿を握り、骨の軋む激痛に脂汗を流しながら爪を炉心基部へと叩きつける。


 ガガガガギィィィン!


 凄まじい金属の激突音が地下要塞に反響した。一本目の制御棒が火花を散らしながら深々と炉心内部へと押し込まれる。


『一本入ったぞ! 多朗、波形はどうだ!』


 剛田の血を吐くような怒号が響く。


『炉心の出力低下を確認! でも、残りの二本が完全に固着してる!』


 みなみが叫ぶ。


 その時、【零二】の主通信機に、雑音を切り裂いて極めて明晰で知的な声が割り込んできた。


『多朗、聞こえるか。悠人だ』


 防衛数理中枢研究所の次男、悠人からの緊急回線だった。背後からは無数の演算機が唸りを上げる音が聞こえる。


『悠人兄さん!』


『状況は地上の防衛網を経由してすべて把握した。その炉心は古代の多面体構造を模倣した試作型だ。力任せに押し込んでも二本目は折れるぞ。剛田くん、杭の右側面三十度の位置に、厚さ九センチの応力集中点がある。そこを機動腕の振動破砕機で一点突破しろ』


『な、なんだって!? よく分からねえが、右の三十度だな!』


『そうだ。そして多朗、お前の月読炉心から逆位相の共振波を流し込め。僕が数理式を直接そちらの計器盤へ転送する。みなみさん、受信した式を三次元の幾何学螺旋に変換して炉心へ投影してください』


『了解しました、悠人技官! 受信開始!』


 みなみの指先が踊り、瞬時に悠人の神技とも言える数理防護式が展開される。


『よし、行くぞ! 剛田、叩き込めええっ!』


 多朗が叫ぶと同時に、剛田の操縦する機動腕が精密極まる一撃を応力集中点へ叩き込んだ。


 ズドンッ!


 残る二本の制御棒が一気に深部へと滑り込み、同時に【零二】の機首から放たれた白銀の螺旋光条が、暴走する赤黒い炉心を丸ごと包み込んだ。


 ドォォォォン!


 地下要塞を揺るがしていた凶悪な地鳴りが、次第に規則正しい低周波の唸りへと変化していく。赤黒い亀裂が消え去り、炉心の表面は静謐な蒼白い光へと落ち着きを取り戻した。


『炉心の次元位相、正常値へ復帰。臨界爆発の危機を完全に回避しました』


 陣内が息を吐き出し、眼鏡を直しながら力なく椅子の背もたれに倒れ込んだ。


『ははっ、やったぜ、ざまあ見やがれ』


 通信機から、剛田の荒い息遣いと誇らしげな笑い声が聞こえてきた。


 昇降口が開き、ヘルメットを脱いだ一馬が護衛兵を連れて地下ドックへ駆け込んできた。泥と煤にまみれた顔で機体を見上げ、一馬は胸の前で力強く拳を握り締めた。


『よくやった、多朗。お前たちが来てくれなければ、今頃帝都の防衛本部は地図から消えていた』


 多朗は操縦席の天窓を開け、地上の兄へ向けてしっかりと頷き返した。


 『兄さんたちが地上で持ちこたえてくれたからです。でも、これで終わりじゃないですよね』


 一馬の引き締まった表情が、再び険しさを帯びた。


『ああ。悠人からの最新情報だ。新宿と市ヶ谷を陽動にして、敵の本体はすでに皇居前広場の直上、上空三千米に超巨大な多面体母艦を現出させつつある。防大の海斗の部隊が赤坂見附で必死に防衛線を張っているが、時間の問題だ』


 多朗は拳を固く握り、隣のみなみ、そして戻ってきた剛田と陣内を見据えた。


『すぐに出撃します。海斗兄さんを助けに、皇居の空へ急ぎましょう!』


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