市ヶ谷要塞の攻防、兄弟の挟撃
新宿上空を覆っていた紫黒色の暗雲が、中枢母機【零二】の機首から放たれた純白の次元光条によって消し飛ばされた。中央で相転移を進めていた特大結晶体が核ごと蒸発し、連鎖反応を起こした周囲の中型多面体が一瞬にして光の粒子へと還っていく。廃墟と化した新宿の空に、冷たい夜空の星々が幾つも顔を覗かせた。
『中央中枢の撃破を確認。周辺の霊体反応、大幅に減衰しています』
後方の演算防壁席で、陣内竜太郎が電磁鍵盤から指を離し、流れる数値を素早く確認した。その眼鏡の奥の瞳には、かつて幾度も敗北を喫した悪夢の街を制圧した確かな手応えが宿っている。冷徹にデータを解析する陣内の指先は、次なる戦闘領域への切り替え作業を寸分の狂いもなく遂行していた。
『よし、この勢いのまま都心の防衛線へ抜けるぞ。剛田、針路を東へ、市ヶ谷の空域へ急行しろ』
主座の上宮多朗が鋭く命じると、飛行操縦席の剛田猛は野太く笑い、両腕の金属固定金具を軋ませながら操縦桿を力強く押し込んだ。
『おう、任せとけ! あの新宿の空で俺たちを絶望させた連中の巣窟だ、一網打尽にしてやらあ』
剛田が推進制御桿を最大限まで押し込むと、月読炉心が眩い黄金の尾翼光を曳き、【零二】は夜の帝都を切り裂く白銀の流星と化して音速の壁を再び突破した。新宿副都心の残骸を背後に残し、機体は瞬く間に市ヶ谷の上空へと到達する。
しかし、その眼下に広がっていたのは、さらに凄惨な戦場の光景だった。
『上宮くん、前方に敵性反応多数! 多面体第三陣の主力部隊が、市ヶ谷地下要塞を取り囲んで猛攻を仕掛けているわ!』
副座の相羽みなみの声には、尋常ではない緊迫感が混じっていた。
立体表示盤に映し出された市ヶ谷の地上は、無数の黒い幾何学結晶と禍々しい人型霊体の群れに完全に埋め尽くされている。その中心にある地下要塞の装甲扉の周囲では、日本陸上防衛部隊の重装甲戦車群が、四方から押し寄せる敵の質量圧殺の力場を相手に、文字通り身盾となって死守の弾幕を張っていた。
その防衛線の最前線で指揮を執っていたのは、長男である一馬一等陸佐だった。
一馬は泥と硝煙にまみれた指揮装甲車の上に立ち、手持ちの通信機に向かって怒号を飛ばしていた。
『中隊、全弾発射! 一歩も引くな、ここを抜ければ背後の地下要塞が潰される! 中の避難民を守り抜け!』
一馬の野太くも冷静な号令に合わせ、地上の重装甲戦車群が一斉に火を吹く。激しい砲煙が夜闇を焦がし、敵の突撃を何とか押し返しているものの、防壁のエネルギー残量はすでに限界点へと達しようとしていた。あちこちで戦車が装甲を剥ぎ取られ、泥まみれの防衛兵たちが決死の銃火を浴びせ続けている。一馬自身も近くに着弾した敵のエネルギー弾の爆風で吹き飛ばされながら、すぐに立ち上がり、部下たちを鼓舞し続けていた。
その絶望的な頭上の空を、凄まじい風圧とともに【零二】が急降下で貫いた。
『上宮くん、一馬さんたちの部隊の防壁が持たないわ! 敵の包囲網が完全に厚い層を形成している。このままでは地下要塞の扉が破られる』
みなみが立体表示盤の危険領域を鋭く指し示す。盤面には、敵の物量が防衛線を完全に圧倒しつつある予測データが赤く点滅し、警告音が狭い操縦室内に鳴り響いていた。
『兄さんの部隊には指一本触れさせない。剛田、一気に急降下して敵の頭上を塞げ!』
多朗が叫ぶと同時に、剛田が操縦桿を力強く引き絞った。金属固定金具の嵌まった両腕の痛みを気合でねじ伏せ、機体の姿勢を急激に垂直降下へと切り替える。
『おう、任せとけ! 長男の兄貴が踏ん張ってるとこに、弟の機体が遅れてたまるかよ!』
轟音を上げて降下する【零二】の周囲に、陣内が素早く鍵盤を叩いて月読防壁を展開した。
『敵の退路と逃げ道をすべて封鎖します。みなみさん、地上の陸上部隊との射撃同期を!』
『同期完了! 一馬さんの部隊の砲火と、上宮くんの主砲のタイミングを完全に重ねるわ!』
みなみの卓越した高次元位相計算力が、空を飛ぶ【零二】と地上の重装甲部隊とを一本の光の回路で結びつけた。みなみの双眸が淡い黄金の光を帯び、地上の戦車の射撃照準データが【零二】の火器管制盤へとダイレクトに流し込まれていく。
地上の指揮車輌から、一馬が空を見上げて無線機を強く握り締める。頭上を舞う白い機体の幾何学文様が、闇夜に鮮烈な輝きを放っていた。一馬は弟たちの機体がここまでたどり着いたことに胸を熱くさせながらも、指揮官としての冷静さを失わずに声を張った。
『多朗、空はお前に任せた』
『一馬兄さん、地上をお願いします!』
兄弟の声音が、通信回線を越えて完全に重なり合った。
次の瞬間、地上の重装甲部隊が一斉に放った弾幕が敵の注意を引き付け、敵が体勢を崩したそのコンマ一秒の隙を逃さず、【零二】の主砲から放たれた極太の白銀の光条が頭上から直撃した。
地上の砲火と天空からの主砲が完璧に同期した挟撃は、市ヶ谷を取り囲んでいた多面体部隊の装甲を内部から引き裂き、瞬く間にすべての敵影を光の粒子へと粉砕して消し去った。
静寂が戻った市ヶ谷の地上で、一馬がヘルメットのつばに手を当て、空の上の弟たちへ力強く頷いてみせた。しかし、その無線回線の向こう側で、地下要塞の最深部から不気味な地鳴りのような警報音が鳴り響き始めた。
『一馬兄さん、今の揺れは何だ!』
多朗が問うと、一馬の表情が初めて凍りついた。
『地下要塞の備蓄炉心が暴走した。敵の侵攻に呼応して、内部の次元位相が逆転を始めている。このままでは要塞ごと市ヶ谷一帯が虚空へ消し飛ぶぞ』




