超高層の焦土、新宿上空突入
成増の空を突き抜けた中枢母機【零二】は、白銀の光芒を夜空に引きながら、音速の壁を幾重にも突破して新宿副都心の上空へと急上昇していた。
高度四千。風防ガラスの眼下に広がっていたのは、かつて日本経済の中枢として聳え立っていた超高層建築群の無惨な残骸だった。
都庁の双子の巨塔は半ばから無残にへし折れ、新宿駅周辺の商業地帯は巨大な幾何学結晶に侵食されて赤黒い炎を噴き上げている。かつて剛田猛が苛烈な重力加速度に耐えかねて両腕を骨折し、多朗たちが血反吐を吐いて撤退を余儀なくされた因縁の激戦地であった。
「新宿だ。あの悪夢の街へ、本当に戻ってきたんだな」
飛行操縦席の剛田猛が、操縦桿を両手で握り締めながら低く唸った。
両腕の骨折固定金具が軋み、治療痕が火を噴くように熱を帯びる。だが剛田の瞳に恐怖の色はなかった。
「きく子ばあちゃん、街のみんな。あの時は逃げることしかできなかったが、今日の俺たちは前の負け犬じゃねえぞ」
剛田が重心を沈め、操縦桿を一気に引き倒した。
月読炉心から溢れ出る桁違いの推力が機体を押し出し、【零二】は急激な重力変化を物ともせず、新宿上空に低く垂れ込める紫黒色の暗雲へと突入した。
雲を抜けた瞬間、副座観測席の相羽みなみの表示盤が深紅の警告色に染まった。
「上宮くん、前方全域に敵性反応。多面体構造物の中型個体二十、人型霊体数千が新宿御苑から大久保方面にかけて立体陣形を展開中。中央の特大結晶体が、大気中の電離気体を吸い上げて広域相転移の準備を進めているわ」
「また街ごと二次元に押し潰す気か。陣内、防壁全開。剛田、敵陣の中央へ最短距離で突っ込むぞ」
多朗が鋭く指示を飛ばす。
「任せろ。熱伝導率の遮断計算完了。どんな光条だろうと、この月読防壁を破らせはしない」
演算防壁席の陣内竜太郎が電磁鍵盤を叩き、機体前方に白銀の六角形力場を多重展開する。
「おうよ、真っ直ぐぶち抜いてやるぜ」
剛田の剛腕が機首を微動だにさせず固定し、【零二】は弾幕の嵐の中へと真っ向から突入した。
敵の幾何学多面体から放たれた無数の高熱光線が白銀の防壁に激突し、激しい火花を散らして虚空へと霧散していく。傷ひとつつかぬまま超音速で肉薄した【零二】の主座で、多朗の額に埋め込まれた古代生体端子が鮮烈な青白い輝きを放った。
「月読主兵装、発射」
多朗の意識と同調した機首の放出口から、純白の次元光条が奔流となって撃ち出された。
新宿の空を切り裂いた閃光は、大気を震わせ、中央で相転移を進めていた特大結晶体を核ごと音もなく蒸発させた。連鎖反応によって周囲の中型多面体が次々と砕け散り、紫黒色の暗雲が吹き飛ばされて、廃墟の新宿に夜空の星々が顔を覗かせる。
「やった、中央中枢の撃破を確認」
みなみが歓声を上げたその時、主表示盤の端で、地上からの緊急秘匿回線が激しく点滅した。
浮かび上がったのは、上宮家の血統にのみ同期する四重螺旋の暗号配列。
「上宮くん、地上要塞の通信網から緊急着信です。長男の一馬さんです」
みなみの声と同時に、表示盤に重装甲服に身を包んだ長男・上宮一馬の厳しい顔が映し出された。
『多朗、聞こえるか。一馬だ。空の異様な光条を見て通信を繋いだ。成増から新宿上空への単独突入、見事な腕前だ』
「一馬兄さん。ご無事でしたか」
多朗が身を起こすと、泥と硝煙にまみれた一馬の表情に、微かな笑みが浮かんだ。
『ああ。だが休んでいる暇はないぞ。俺たち陸上防衛部隊が守る市ヶ谷の地下要塞の目前に、敵の第三陣が迫っている。多朗、空から奴らの背後を突けるか』
「はい、一馬兄さん。今すぐ向かいます」
地上を守る長兄と、天空を取り戻した末弟。兄弟の連携による首都奪還の進撃が、ここから本格化しようとしていた。




