見えない敵も丸裸! 成増の空を大掃除!
成増基地の上空に、束の間の静寂が戻っていた。
だが、中空に静止する中枢母機【零二】の操縦席では、四人の搭乗員が依然として高い緊張感を保ったまま周囲の空間を睨みつけていた。
『みなみさん、光学映像および通常の波長観測では、周辺空域に敵影は映りません。ですが、空間の歪み係数が異常に高いままです』
後方の演算防壁席で、陣内竜太郎が眼鏡の奥の目を細め、表示盤の数値を睨んだ。
『ええ、上宮くん。大型が消滅した衝撃波に紛れて、中型の多面体群が位相迷彩を展開したわ。成増基地からすぐ隣の一キロ先にある旭町神社の上空にかけての空の裏側に張り付いて、私たちの隙を窺っている』
副座の相羽みなみが、すぐ近くの空間に広がる見えない罠を感じ取って唇を噛む。光学的にも電子の波長観測的にも完全に透明化した敵を、わずか一キロ圏内の中から一機ずつ探し出すのは至難の業だった。少しでも時間をかければ、その間に地上防衛線の教官たちや、わずか一キロ先で孤立している旭町の成増神社が狙われかねない。
そこへ、地上の四條蓮の携帯端末から繋がった無線回線を通じて、九条のふんわりとした声が響いてきた。
『あのね、上宮くん。時計の針で言うとね、二時の方向、あのちぎれた雲のちょっと下あたり。空の縫い目がチクチクして、裏側から黒いトゲトゲが覗いてるよ』
地上では、瓦礫の上にちょこんと立った九条が、片手で四條の無線機を握りながら、もう片方の白い人差し指で何もない鉛色の空をひょいと差していた。
そのすぐ隣で、対位相火器を構えた四條蓮が、九条の指差す角度を自分の照準器で素早く読み取る。
『陣内、聞こえたか! 地上観測点より方位角ゼロ・ロク・マル、仰角三十五度、高度約八百米! 俺たちの目には何も見えねえが、九条がそこだと言ってる!』
四條の的確な座標変換データが、即座に【零二】の火器管制盤へと跳ね上がった。
『方位ゼロ・ロク・マル、仰角三十五、高度八百。一キロ先のその一点に位相照準を合わせます!』
陣内が半信半疑のまま高次元解析波を集中させた瞬間、表示盤の何もない空間に、不気味な赤い正十二面体の輪郭がくっきりと浮かび上がった。
『いたわ! 本当にそこよ、上宮くん! しかも三機が重なって潜んでいる!』
みなみが驚きの声を上げる。平行世界を渡り歩いてきた九条の双眸には、機械の計算すら及ばない次元のほつれが、まるで服の糸くずのようにそのまま見えているのだ。
『すごいな、九条さん、四條! 剛田、機首を動かす必要はない、その位置のまま二時方向へ主砲の照準を合わせろ!』
主座の上宮多朗が叫ぶ。一キロの距離など、この機体の火器管制からすればその場で撃てるゼロ距離に等しい。
『動かさずとも向けてらあ! 隠れんぼなんざ、一歩も動かずに蜂の巣にしてやるぜ!』
前方の飛行操縦席で剛田猛が金属固定金具を鳴らし、微動だにしない機体の姿勢から一瞬で照準を固定した。月読炉心から溢れ出した白銀の粒子が機首へと集まり、主兵装である高次元荷電粒子銃の銃口が眩く輝いた。
『まずは地上の先輩方に敵の迷彩を剥ぎ取ってもらおう。四條、曳光弾で位置を示してくれ!』
地上の四條が引金を引き、赤い軌跡を描く対位相弾が何もない空の一点へと吸い込まれていく。直後、榊先輩と鳴海先輩の放った銃弾もそこに集中し、虚空で激しい火花が散った。光学迷彩を剥がされ、黒い正十二面体が苦悶するように姿を現す。
『今だ、陣内、遠隔射撃データを同期!』
多朗が引金を深く引き絞った。
天空から放たれた極太の白銀の光条が、一キロの距離を一瞬で駆け抜け、地上の先輩たちが炙り出した三機の中型多面体を一串に貫いた。断末魔の閃光すら残さず、三機の異界の侵略者は一瞬にして光の塵へと還っていく。
『やった、命中だ! 九条の言う通りだったぞ!』
地上で榊先輩が歓喜の声を上げ、鳴海先輩が熱くなった銃身を握り締めてガッツポーズを作る。
その後ろの防空壕前では、赤塚第三中学出身の大人たち四人が、呆れたように顔を見合わせて笑っていた。
『おい潔、ヤイジ。俺たちが泥水すすって必死に計算してた索敵網を、あの不思議ちゃん女子高生が指一本でやり遂げちまったぞ』
大隊長のカズが頭を掻きながら苦笑する。
『全くだ。だが、上宮たちのあの白い機体と地上の連携、動かぬままでの超遠隔射撃、見事なもんだぜ、カズ。俺たちも負けてられねえな』
副長の潔が満足げに頷き、整備班長の山さんが残っていた対空砲座の角度を手動で回し始めた。
『よし、野郎ども! 九条の嬢ちゃんが指差した場所へ、ありったけの照明弾と対位相弾をぶち込んでやれ! 空の上宮たちに華を持たせっぱなしじゃ、大人の沽券に関わるぜ!』
『その通りだ、山さん! 全通信回線、四條の端末と直結したぞ! いつでもいける!』
ヤイジが通信機の出力を最大に引き上げる。
そのすぐ脇では、炊事班の御統琴音が、新しい麦茶の入った大やかんを抱えて生徒たちの間を駆け回っていた。
『四條くん、榊先輩、鳴海先輩、今のうちに喉を潤して! 九条ちゃんも、はい、冷たい麦茶!』
『わあ、ありがとう、琴音ちゃん。おいしいね』
九条はコップ一杯の麦茶をこくこくと飲み干すと、ふうっと息をついて、今度は空のあちこちを次々と指差し始めた。
『えっとね、次はあっちの鉄塔の右上に二つ。それから、反対側の黒い雲のしっぽのところに四つ。あ、真上にも一つ、こっそり降りてきてるよ』
『よし、全部座標を送る! 陣内、受け取れ!』
四條が猛烈な早口で数値を読み上げ、ヤイジの中継機を通って【零二】の演算盤へと次々に赤い標的印が刻まれていく。
『データ受信完了! 自律機イチ番、サン番、ロク番をその場で分散展開させます。一網打尽にしましょう、上宮!』
陣内の眼鏡が白銀の反射光で輝く。
『よし、一気に行くぞ!』
多朗の精神同調に応え、月読炉心が軽やかな高音を奏でた。
そこからは、一切の移動すら不要な一方的な遠隔掃討戦だった。
地上から山さんやカズたち、そして四條たちが放つ対位相弾の弾幕が、成増基地から一キロ先の旭町神社周辺の空に潜む多面体の迷彩を次々と暴き出す。敵が姿を現したそのコンマ一秒後には、基地の上空でピタリと静止したままの【零二】が、一キロの距離を光速の砲撃で結び、死角から白銀の荷電粒子砲を叩き込んで一撃で消滅させていく。
地上の泥臭い銃火と、天空を舞う白銀の翼の超遠隔精密射撃。二つの力が完全に共鳴し、基地から神社へと続く一キロの空間を覆っていた不気味な圧迫感が、面白いように剥がれ落ちていった。
わずか三分後。最後の正十二面体が【零二】の放った光の槍に貫かれて消滅すると、分厚かった鉛色の雲の隙間から、温かい太陽の光が基地の滑走路へと真っ直ぐに差し込んできた。
『上宮くん、基地から旭町神社までの周辺一キロ圏内、多面体反応すべて消滅したわ! この一帯の空は完全に綺麗になった!』
みなみが両手を握り締めて報告する。
地上からは、カズや生徒たち、そしてやかんを振って飛び跳ねる琴音の歓声が、機内のカメラを通じてもはっきりと伝わってきた。多朗は彼らに向かって機体の翼を左右に大きく振り、感謝の合図を送った。
しかし、喜びも束の間、みなみの前方の立体表示盤が激しく赤色に点滅し始めた。
『上宮くん、駄目よ、息をつく暇はないわ! すぐ隣の一キロ先にある旭町の成増神社、応為さんの結界出力が急激に低下しているわ! 基地の周辺が綺麗になったことで、残存する敵の群れが一斉に神社のマナちゃんたちへ雪崩れ込んでいる!』
表示盤には、基地からわずか一キロほどしか離れていない成増神社の森が、禍々しい黒紫色の人型霊体と中型多面体の群れに完全に埋め尽くされようとしている様子がリアルタイムで映し出されていた。
『マナ、レプティリアンのオジサンが危ない! 移動する必要はない、その位置から一キロ先の旭町神社へ向けて主砲の照準を一斉射撃モードへ切り替えろ!』
多朗が鋭く命じ、剛田が直ちに機体の主砲の向きを神社の森へと絞り込んだ。




