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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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魂の試練

 地球の成増で後藤や九条たちが決死の防衛戦を繰り広げる一方、月の裏側に広がる超地底文明都市では、四名搭乗型の中枢母機【零二】が神殿最奥の「白銀の祭壇」へと運び込まれていた。


 見渡すほど広大な円形の祭壇は、床そのものが透き通った巨大な水晶でできており、その遥か下方には月の核から汲み上げられた蒼白い次元奔流が渦を巻いている。翼を損傷し、黒く煤けた【零二】の機体が祭壇の中央に据えられると、周囲を取り囲む十二本の光の柱が一斉に脈動を始めた。


 「これより、我が月の秘儀『月読の炉心再誕』を執り行う」


 祭壇の上段に立つ月人の長が、銀の錫杖を床に打ち鳴らした。


 「四人の搭乗員たちよ。全員それぞれの座席につき、神経接続兜を装着せよ。よいな、一度奔流を流し込めば、炉心が完全に生まれ変わるまで中断はできぬ。四人のうち誰か一人の心が折れても、機体もろとも次元の塵と化すぞ」


 「わかりました。全員で必ず耐え抜いてみせます」


 多朗が力強く答え、四人は阿吽の呼吸で【零二】の機内へと乗り込んだ。密閉天蓋が静かに閉じ、四つの座席がそれぞれの配置につく。


 主座の多朗が中枢の神経接続兜を被り、副座観測席のみなみが生体同調の計測盤を立ち上げる。


 飛行操縦席に滑り込んだ剛田猛は、新宿決戦で骨折し、金属固定金具が骨に嵌め込まれた両腕をぐっと前に突き出した。母船の生体再生医療槽で応急治療を受けたばかりの腕はまだ鈍く軋んでいたが、剛田は歯を食いしばり、操縦桿を両手で握り締めた。その操縦桿には、地元成増の総菜屋「さわや」のきく子ばあちゃんの形見である布巾が固く巻きつけられている。


 「きく子ばあちゃん、見ててくれよ。多朗、いつでも来い。機体の姿勢制御と荒れ狂う推力は、この剛田様が意地でもねじ伏せてやる」


 「防壁の熱分配と過負荷の迂回計算は俺に任せろ。四人でひとつの機体だ、誰一人脱落させやしないぞ」


 演算防壁席の陣内竜太郎が眼鏡の奥の目を光らせ、防壁制御と電磁妨害の操作盤を叩いた。副座のみなみも深く息を吸って頷く。


 「成増神社からの誘導信号、微弱ですが受信しています。四人の生体波長、完全に一致しました」


 機外では、三機の小型無人機が機首と両翼の周囲を旋回し、補助回路を展開した。


 『おいらたち三機も外側から全力で補助力場を張るぜ』


 『ええ、外の守りは私たちに任せて、あなたたちは機内を支えなさいな』


 『いざ、四位一体の乾坤一擲でござるな』


 月人の長が高く錫杖を掲げると、祭壇の床から眩い蒼白の奔流が噴き上がり、【零二】の焼き付いた炉心へと一気に流れ込んだ。


 「ぐあああっ」


 接続兜を通じて、脳髄を直接灼かれるような凄まじい衝撃が多朗たちを襲った。それは単なる電流ではなく、多面体構造物が持つ高次元の圧力そのものだった。


 剛田が軋む両腕の痛みに咆哮を上げながら、形見の布巾ごと操縦桿を力任せに抱え込んで機体の暴走を力で抑え込む。陣内は火花を散らす操作盤にかじりつき、凄まじい速度で過負荷を逃す数式を叩き込み続けた。


 だが、主座の多朗の視界が真っ白に染まり、次の瞬間、彼の意識はマリアナ海溝での敗北の記憶へと引きずり込まれた。黒鉄の巨大な壁に仲間たちの機体が次々と呑み込まれ、自分の無力さに唇を噛み締めたあの絶望の光景が、何倍もの重さとなって多朗の心を押し潰そうとする。


 『お前ごとき人間の力で、あの神のごとき多面体に勝てるはずがない。ここで眠れ、すべてを忘れて楽になれ』


 炉心の奥底に焼き付いていた敗北の残響が、多朗の意識を深い闇へと誘う。呼吸が止まりかけ、操縦桿を握る指から力が抜けそうになったその瞬間、副座から温かくも凛とした声が響いた。


 「上宮くん、目を覚まして。あれは過去の幻です。私たちの前には、まだ帰るべき場所があるんです」


 相羽みなみが、自身の神経回路から血が滲むほどの負荷に耐えながら、観測席の双方向伝達回路を全開にして多朗の意識へと手を伸ばしていた。


 「みなみ」


 「見てください、上宮くん。成増の空から、マナさんが放ち続けている黄金色の信号が、この月まで真っ直ぐに届いています。後藤教官も、榊先輩も、鳴海さんも、九条さんも、みんながあの空の下で私たちの帰りを待っているんです」


 みなみが共有した観測画面の端に、遠い地球から微かに、しかし決して消えることなく輝き続ける一条の黄金の光が見えた。その光を見た瞬間、多朗の胸の奥で熱い炎が爆ぜた。


 「そうだ、こんなところで立ち止まってたまるか。俺たちは、みんなの命を背負ってここへ来たんだ」


 多朗は咆哮と共に両手で中枢操縦桿を強く握り締め、襲いかかる次元の濁流を自らの意志でねじ伏せた。


 その瞬間、【零二】の内部で砕け散っていた旧式の炉心が完全に融解し、月の結晶と四人の精神波が融合して、透き通るような白銀の輝きを放つ新たな心臓「月読炉心」が形成された。


 「見事だ。地球の若者たちが、我が月の秘儀を完全に乗りこなしたぞ」


 祭壇の上で、月人の長が驚嘆の声を上げた。【零二】の黒い装甲の表面に美しい白銀の幾何学文様が浮かび上がり、神殿全体を震わせるほどの清冽な波動が溢れ出す。


 「やったぞ、多朗、陣内。操縦桿の手応えがまるで違う。炉心の出力が以前の十倍以上に跳ね上がってやがる」


 剛田が治療痕の残る両腕で操縦桿を力強く握り直して快哉を叫び、陣内も操作盤の数値を叩きながら眼鏡の奥の瞳を輝かせた。


 「信じられん。防壁の展開速度も演算速度も桁違いだ。これなら次元兵装の直撃すら弾き返せるぞ」


 四つの座席を包む蒼白い光の中、多朗は隣と背後の仲間たちと力強く視線を交わし、風防ガラスの向こう、遥か頭上の岩盤の先にある地球を見据えた。


 「待ってろよ、みんな。今すぐこの翼で、成増の空を取り戻しに行く」


 月から地球へ、人類の逆転を賭けた反撃の狼煙がついに上がろうとしていた。


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