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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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瓦礫の防衛線

 多朗たちが月の裏側で白銀の祭壇へと向かっていたその頃、地球の東京は文字通りの地獄と化していた。


 板橋区成増、赤塚、そして練馬区光が丘に至る一帯は、かつての街並みが完全に消滅していた。住宅街も商業施設もすべてが黒焦げの瓦礫へと変わり、赤黒い煙が低く垂れ込めている。空を覆う巨大な多面体構造物から放たれた無数の小型無人機と半透明の人型霊体が、生き残った人間を狩り尽くそうと廃墟の上を徘徊していた。


「撃て、撃ち続けろ。防空壕の入り口に一匹たりとも近づけるな」


 成増基地の地下防空壕へと続く崩落した階段の前で、後藤大隊長の怒号が響き渡った。


 煤と血にまみれた銀髪を振り乱し、榊が対位相生体波長波動銃の銃身を敵の群れへと向ける。引き金を引くたび、彼の首筋に埋め込まれた神経増幅端子が紫色の微光を放ち、青白い光弾が人型霊体の核を正確に撃ち抜いていく。


「榊先輩、神経増幅端子の連続使用は危険です。一度冷却してください」


 短髪の鳴海が、瓦礫の遮蔽物に身を隠しながら荷電粒子小銃の遊底を素早く引き、接近する小型多面体を粉砕した。


「構うな、鳴海。ここで撃ち漏らせば、地下に避難している連中が全員やられる。家族を奪われ、帰る家を焼かれた人間に、これ以上の絶望を味わわせるわけにはいかないんだ」


 榊は奥歯を噛み締め、焼けるような神経の激痛をねじ伏せて再び引き金を引いた。その隣では、四條蓮が損傷した通信機を背負いながら、携帯型の観測器で敵の位相変化を必死に読み取っている。


「右翼の瓦礫の影から中型個体が回り込んでくるぞ。九条、そっちの照準を合わせられるか」


「任せて、四條くん。あたしたちがここを死守するわ。上宮くんたちが帰ってくる場所を、絶対に渡さない」


 平行世界から来た女子生徒の九条が、鋭い眼差しで高出力の対位相照射器を構えた。かつて自分の世界が多面体に呑み込まれていくのをただ見ていることしかできなかった彼女は今、自分の意志で引き金を絞り、中型個体の外殻に亀裂を走らせる。


「みなさん、予備の冷却剤と弾薬を持ってきました」


 防空壕の奥から、炊事班の制服を煤で汚した琴音が小走りで駆け寄ってきた。怯えで肩を震わせながらも、彼女は小さな手で必死に補給物資を配り歩く。


「すまないな、琴音。配り終えたらすぐに地下へ戻れ」


 石田参謀が拳銃で小型機を牽制しながら、琴音の背中を庇うように前に出た。だがその直後、頭上の黒煙を突き破り、見上げるほど巨大な黒鉄の多面体が不気味な重低音を響かせて降下してきた。周囲の空間が歪み、地表の瓦礫が重力制御によって宙へと浮き上がる。


「まずい、直撃が来るぞ。全員伏せろ」


 後藤大隊長が叫び、近くにいた琴音と九条を瓦礫の陰へと押し倒した。多面体の先端に赤黒い光の球体が収束し、防空壕の入り口を丸ごと蒸発させようと膨れ上がる。


 その刹那、基地の崩れた格納庫の奥から、耳をつんざくような轟音と共に極太の蒼い光条が放たれた。


「遅くなってすまねえな。整備班の意地、たっぷりと味わいやがれ」


 油まみれの作業着を着た整備班長の山口が、墜落した試作機の残骸から無理やり引き剥がした試作型大出力位相巨砲を肩に担ぎ、煙を吐く銃身を睨みつけていた。蒼い光条は黒鉄の多面体の中心核を直撃し、大爆発と共に黒い破片が雨のように降り注いだ。


「山口、無茶をしやがって。だが助かったぞ」


 後藤が立ち上がり、煤だらけの顔で笑みを浮かべる。山口は荒い息を吐きながら親指を立てた。


「予備の電池を全部直結させた一発限りの花火だ。だが、まだ戦える武器は残ってる。多朗たちが月から戻るまで、泥水を啜ってでもここを持ちこたえるぞ」


 一方その頃、成増基地からほど近い旭町の成増神社でも、限界を超えた死闘が繰り広げられていた。


 神社の周囲を取り囲む住宅街はすでに跡形もなく燃え尽きていたが、境内の木々と社務所だけは、淡い黄金色の光の幕によって辛うじて守られていた。


「おらあ、化け物ども。ここからは一歩も通さねえぞ」


 あやかし部隊の頭領である鉄山親分が、巨大な金棒を豪快に振り回し、光の幕を突き破ろうとする人型霊体の群れを次々と叩き潰していく。その背後、本殿の屋根の上では、葛飾北斎の娘である応為が、自分の背丈ほどもある巨大な霊筆を両手で握りしめていた。


「ちっ、なんて重たい闇だい。描いても描いても、端から色が剥がれ落ちていくよ」


 応為は唇から血を流しながら、宙に巨大な龍の護符を描き続け、ひび割れる結界の幕を必死に繋ぎ止めていた。霊力の消耗は激しく、彼女の足元がふらつく。


 その真下、社務所の奥の和室では、畳の上に置かれた古代の球体通信機が淡い緑色の光を放っていた。巫女装束に身を包んだマナが、両手を球体にかざして額に大粒の汗を浮かべている。


 室の入り口では、レプティリアンの将であるザルクスが、片膝をつきながらも重粒子銃を構え、隙間から侵入してくる小型無人機を正確に撃ち落としていた。彼の鱗に覆われた肩からは緑色の血が流れ落ち、呼吸も浅くなっている。


「ザルクスおじさん、月の裏側から多朗たちの生体信号を受信しました。全員無事に月面都市へ到着しています」


 マナの震える声に、ザルクスは鋭い瞳を細めて頷いた。


「そうか。ならば我らの役目は、奴らが月の力を手にして帰還するまで、この地球上の最終誘導座標を守り抜くことのみだ」


「はい。私の命が尽きようとも、この成増神社の結界だけは絶対に消させません」


 マナは強く瞳を閉じ、自身の生命力を削るようにして球体へと祈りを捧げた。黄金色の光が再び強く輝きを増し、成増の空に屹立する光の柱となって天へと伸びていく。絶望の淵に立たされた地球で、残された者たちの執念の防衛戦が続いていた。 




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