大罪
成層圏を猛烈な加速で突き破った巨大円盤の内部は、地上の喧騒が嘘のように静まり返っていた。重力制御が完全に効いているのか、急上昇の衝撃すら乗組員たちの肉体には届かない。複座型中枢母機【零二】が固定された格納庫から案内され、上宮多朗、相羽みなみ、剛田猛、陣内蓮の四名は、母船の中枢である巨大な艦橋へと足を踏み入れた。
「うわあ、なんだこの広さは! 映画で見る宇宙船よりずっと広いぞ!」
小型無人機のイチ番が多朗の肩口から飛び立ち、天井を見上げて電子音を甲高く響かせた。
「騒ぐんじゃないよイチ番! どこに連れて行かれるか分かったもんじゃねえんだ、油断するな!」
ヨン番が青白い放電を散らしながら警戒態勢をとる。
「これヨン番、そんなところで火花を散らして威嚇するのはおやめなさい! 助けていただいた船の中で暴れるなんて、礼儀がなっていないわよ!」
サン番がお母さん言葉でヨン番の銃口を窘めた。
しかし、そんな無人機たちの掛け合いも、前方の視界が開けた瞬間に完全に止まった。
艦橋の正面を覆う巨大な展望窓の向こうには、漆黒の宇宙空間が広がっていた。そしてその中心に浮かんでいたのは、彼らの生まれ故郷である地球だった。だが、そこに青く輝く穏やかな惑星の面影は微塵もなかった。
「おい、冗談だろ。これが、俺たちの地球なのかよ」
剛田が窓枠にしがみつくようにして立ち尽くし、掠れた声を絞り出した。
大気圏の外縁は、無数に群がる黒鉄色の多面体構造物にびっしりと覆い尽くされていた。その隙間からは、まるで血管のように赤黒い光の筋が無数に走り、地表のあらゆる大陸へ向けて破滅の光を撃ち込み続けている。夜を迎えているはずの大陸側すら、激しい爆炎によって真っ赤に爛れ、星全体が炎に包まれていた。
「酷い。全大陸の主要都市が同時に焼かれている。成増どころの規模じゃない、地上の文明そのものが消滅していく」
陣内が専用眼鏡を指で押し上げ、血の気の引いた顔で呟いた。
「そんな、じゃあ成増基地のみんなは! 炊事班に入った琴音はどうなったんだ! 機体の修理で残った榊先輩も、鳴海先輩も、後藤教官も石田さんも、みんなあの火の海の中で死んじまったっていうのかよ!」
剛田が叫び、激しい怒りと絶望から両拳を壁に叩きつけた。
相羽みなみが戦術端末を艦橋の観測回路に接続し、唇を強く噛み締めながら画面を見つめる。
「成増基地との通信回線は完全に沈黙しています。ですが、東京の旭町、成増神社の周辺だけ、極めて微弱な光が残っています。あやかし部隊の応為さんが命がけで展開している結界です。あの中に、負傷したマナと、貴方たちの上官であるオジサンがいるはずです!」
みなみの言葉を聞いた多朗が、艦橋の中央に立つレプティリアンの指揮官へ向けて駆け寄り、その胸元に激しく食ってかかった。
「頼む、今すぐ船を地球へ引き返してくれ! 成増神社だけでも助け出せるはずだ! あそこには、俺たちの未来を守るために来てくれたマナがいるんだ! 負傷している仲間を見殺しにして宇宙へ逃げるなんて、俺には絶対にできない!」
多朗の悲痛な訴えに対し、蜥蜴のような鋭い縦長の瞳を持つ指揮官は、眉ひとつ動かさずに冷徹な視線を投げ返した。
「引き返せだと? 思い上がるなよ、地上の新参者どもが」
指揮官の低く唸るような声が艦橋の空気を震わせた。剛田が目をつり上げて詰め寄る。
「新参者だと! てめえ、助けてやったからって偉そうに言ってんじゃねえぞ! 仲間が死にそうなんだ、助けに戻るのが人間の道理だろ!」
「黙れ、猿の末裔が! 我ら地球の歴史、数億年の長き命脈から見れば、貴様ら人間など、つい最近になって地表の薄皮一枚にへばりつき始めた青二才に過ぎんのだ!」
指揮官の一喝に、剛田が気圧されて息を呑む。指揮官は燃え盛る地球を指差し、怒りを込めた声で吐き捨てた。
「我が長がなぜ、自らの命を捨て石にしてまで貴様ら若造を宇宙へ逃がしたと思う? 憐れみだとでも思ったか! 違う! この地球全土を覆い尽くした地獄の業火は、他でもない、貴様ら人間の底知れぬ強欲が生み出した大罪の結末だからだ!」
「俺たちの、大罪だと?」
多朗が息を呑んだ。
「そうだ! 貴様ら地上の新参者は、分不相応な知恵をつけ、身の程も知らずに宇宙開闢の秘密、ビッグバンを再現しようと企んだ! 巨大な加速器を造り、神の領域である量子を強引に操作し、次元の境界を超えて制御しようと傲慢な実験を強行したのだ! その結果はどうだ! 制御を失った実験装置は大暴走を起こし、触れてはならぬ別次元の扉を内側から粉々に打ち破った! 今、地球を埋め尽くしているあの多面体も、人型霊体も、すべては貴様ら人間が強欲の末に呼び寄せた災厄そのものなのだ!」
指揮官の容赦ない告発に、陣内とみなみが息を呑み、言葉を失った。
「俺たちが、人間がこの悪夢を呼び出したっていうのか。あの化け物どもは、外から攻めてきた侵略者じゃなくて、俺たちの科学の暴走が生み出した代物だったのか」
陣内が膝から崩れ落ちそうになり、床を見つめて震えた。
ロク番が重々しい武士口調で呟く。
「なんという因果でござるか。我らが必死に戦ってきた元凶が、守るべき人の子の手によって引き起こされたものであったとは」
「まあ、なんて恐ろしいことなの。人間さんたちは、そんな危ないおもちゃで遊んでいたのね」
サン番が悲しげな電子音を漏らす。
剛田も拳を震わせたまま、何も言い返せなくなっていた。多朗は燃える地球を見つめ、爪が手のひらに食い込むほど拳を握り締めた。
「俺たち人間がやらかした罪だっていうなら、なおさら放っておけないじゃないか! 人間が引き起こした災難なら、人間である俺たちがケジメをつけなきゃいけないだろ! だから成増へ戻してくれ!」
「貴様らが今戻って何ができる! 焼け石に水を注ぐように蒸発して終わるだけだ! 我が長の真意をまだ理解できんのか!」
指揮官が多朗の肩を強い力で掴み、真っ直ぐに眼孔を睨みつけた。
「地表は焼き尽くされた。だが、地球はまだ滅び去ったわけではない! 深海の最底層、地底世界、そして南極や北極の極秘拠点には、反撃の時をじっと待つ我らレプティリアン、志を同じくする他の惑星人、そして生き残った米軍基地の精鋭たちが結集している! 地下防衛線を死守する【五族協和軍】の戦士たちが、今も地底で歯を食いしばって戦い続けているのだ! 我が長と応為殿も、その防衛の要として成増神社に踏み止まり、敵の主力を引きつけておられる!」
「五族協和軍、地底や深海にまだ戦っている仲間がいるのか」
剛田が顔を上げた。指揮官は頷き、天空の彼方を指差した。
「そうだ。そして我が長が貴様らを宇宙へ逃がしたのは、他でもない。古来より我らと共に地球を見守り続けてきた【月人】の元へ届けるためだ。人類が犯した次元の大罪を清算し、あの多面体を打ち破る真の鍵は、月から授かる以外にないのだ!」
多朗は深く息を吸い込み、涙を拭って前を向いた。
「分かった。マナ、オジサン、琴音、榊先輩、成増のみんな。俺たちは逃げるんじゃない。必ず地球を取り戻す力を手に入れて帰る。指揮官、月へ船を進めてくれ!」
多朗の決意に、指揮官の表情が微かに和らいだ。
「全乗組員に通達! 本艦はこれより地球周回軌道を離脱、月面先住領域へ向けて最大戦速で航行を開始する!」
号令とともに母船の主機関が唸りを上げ、巨大な銀灰色の円盤は炎に包まれる母星を背に、銀色の月を目指して漆黒の深淵へと突き進んでいった。




