深淵からの逆流
水深一万メートルの底知れぬ暗黒を切り裂いた分子崩壊砲の閃光は凄まじい熱量と破壊力を伴って海底の底層へと叩きつけられ水圧の壁を内側から引き裂くような大連鎖爆発を引き起こした熱水鉱床の深部で連鎖する爆破エネルギーは青白い奔流となって幾重もの渦を巻き周辺の海底地形を根底から削ぎ落としていく母機零二の機体外部を強固に包み込む耐圧フィールドは激震の余波を受けて悲鳴を上げ幾重もの警告灯が赤い光を鋭く明滅させた
「爆風の反射波が来る。出力偏向、急上昇へ舵を切るぞ!」
上宮多朗が操縦桿を両手で激しく引き絞りながら荒い息を吐き出す網膜の神経網に直結した六基の自律小型無人機が瞬時に機体周囲の推力ベクトルを再計算し凄まじい水圧と爆風の逆流を相殺するためのカウンターフィールドを弾き飛ばした
「左舷側、熱量異常上昇。高次元計算の同調を維持します」
相羽みなみの冷徹な声が通信回線を貫く副座観測席のモニターには砕け散ったはずの敵中枢から飛散した黒鉄の破片が水中で奇妙な磁場を帯びて再び不気味な集合を始めている様子が鮮明に映し出されていた完全な撃破には至っておらず奴らは海底の底層からさらに深淵なる領域へとその形態を相転移させようと試みている
(ここで仕留め損ねれば我々が海底の藻屑と消える!)
多朗が歯を食いしばりながら心の中で絶叫する
「舐めるな。ここで逃がすものか!」
剛田猛が巨体を激しく揺らしながら機体制御の補助入力を荒々しく叩き込む機関制御手席の陣内蓮は灼熱に軋む計器盤の数値を見据えながら容赦なく冷却水のバルブを全開まで押し込んだ
「エンジン熱量が限界に近づいている。だが推力はまだ残っている。踏み込め!」
その瞬間、砕け散ったはずの海底中枢の残骸から無数の異形の影が漆黒の潮流を泳ぐようにして突進してきた圧倒的な質量を持つ敵の反撃の牙が零二の直下に迫る水底の底知れぬ闇のなかで人類の存亡を賭けた絶望的な撤退戦の幕が切って落とされた零二の推進ノズルの背後で膨大な高圧水流が爆発的に弾け飛ぶ多朗は歯ぎしりしながら機体を上空へと向けようとするが周囲を取り囲む水圧の壁がまるで巨大な呪縛のように機体の装甲を締め付ける
「上宮くん、前方から高次元の圧力波が来ます。回避運動に移ってください」
みなみが瞬時に導き出した数値を副座から冷静に告げる多朗はうなずき代わりに操縦桿を右へと大きく叩き込んだ零二の巨体が凄まじい水圧を切り裂くようにして横転旋回を行うその直後、機体のすぐ脇をかすめるようにして黒鉄の槍のような形状をした敵の生体ミサイルが通り過ぎていく激しい衝撃波が機体を激しく揺さぶりコクピットの警報音がさらに高音で鳴り響いた
「チッ、しつこい奴らだ。一号から六号まで、迎撃プログラムを最大戦速で展開しろ!」
多朗の思考に直結している自律小型無人機たちが無言のまま機体の周囲へ展開し一斉に高周波の迎撃ビームを放つ無数の光の筋が海底の暗闇を照らし出し迫り来る異形の影を次々と切り裂いていくだが、敵の数は減るどころか深海の下層から次々と湧き出すようにしてその群れを拡大させていていた
「物量が違いすぎる。このままでは耐圧フィールドのエネルギーが底をつくぞ」
剛田が額ににじみ出る汗を拭いもせず巨体をさらに踏み張らせて機体スタビライザーを固定する陣内は無言のままメインエンジンの出力を限界値まで引き上げ機体を少しでも上層へと押し上げようと必死にレバーを押し込み続けていた
「機関出力、限界突破まであと五パーセント。このままでは炉心溶融を起こします」
「耐えるんだ、陣内。ここで沈んだらおしまいだ!」
多朗が叫ぶと同時に機体のセンサーが上空からの新たな脅威を捉えたマリアナ海溝の深部から脱出したかに見えた零二の頭上でさらに巨大な黒い影が水流を押し広げながら浮上してくるそれはもはや単なる機械でも生物でもない高次元の相転移によって形作られた異形の要塞そのものだった
「あれが来る!」
みなみが警告を発した瞬間、その巨大な影から放たれた重力子パルスが零二の装甲を直撃し機体全体が凄まじい衝撃に包まれる多朗の視界が一時的に真っ白に染まり意識が持っていかれそうになるが、歯を食いしばって何とか操縦桿にしがみついた零二は圧倒的な水圧と重力波の洗礼を受けながらも、なおも死物狂いで海底の底から逃走の軌道を維持し続ける




