三万機の盾
急降下する風防の視界一面を、白銀の幾何学弾が埋め尽くしていた。
敵性多面体から放たれた無数の結晶弾。
大気中の水分を強制的に凍結させながら飛来するそれは、ただの砲弾ではない。
触れた瞬間に金属分子を再配列し、機体を破断させる死の結晶塊だ。
「来るぞ」
主座席の多朗が叫ぶと同時に、額の生体端子が青白い閃光を放った。
視界を覆う弾道の未来予測が、神経網へ直接焼きつけられる。
脳を灼く激痛。だが、母機【NX零二】は単独ではなかった。
「イチ番、前衛ドローン群を展開。散開して弾幕を受け止めろ」
多朗の思考が、翼下に連なる三万機の自律型無人機網へと叩き込まれた。
機外を並進していたイチ番が、先頭を切って鋭角に跳ね上がる。
『応、任せな。多朗、真正面を真っ直ぐ突っ切れ』
イチ番の号令に呼応し、銀色の雲霞を成す米軍無人機群のうち三千機が一斉に機首を反転させた。
肉の壁ならぬ、金属と炭素繊維の壁。
無人機群が身を挺して母機の前面へ割り込み、飛来する結晶弾の直撃を次々に引き受けた。
空中で炸裂する火花。
相転移の衝撃によって無人機が瞬時に白い鉱物へと変質し、破片となって四散していく。
『暗号干渉を遮断中。多朗、左舷の第二波を警戒せよ』
ニ番が冷静な警告を発し、ゴ番が自らの推力を噴射して母機の左翼を覆う盾となる。
「米軍機が左舷から突入する。全機、迎撃ロケット斉射」
通信受像器から米軍指揮官の怒号が響いた。
急降下する母機の両脇を固めていた最新鋭ステルス戦闘機編隊が、主翼下の兵装庫を一斉に開放した。
放たれた数十発の誘導弾が青白い噴煙の尾を引いて疾走し、迫り来る結晶弾の群れを空中で迎撃、粉砕していく。
爆炎が白く凍りついた海の上空に連続して咲き乱れた。
その爆炎を切り裂いて、頭上から銀の影が音もなく滑り落ちてきた。
超古代先住守護者、レプティリアンの生体戦闘艇群だ。
滑らかな鏡面の幾何学円盤は、推進の炎も出さず、慣性すら無視した直角機動で結晶弾のど真ん中へ突入した。
円盤の周囲を取り巻く不可視の重力場が、空間そのものを激しく湾曲させる。
母機へ直撃するはずだった巨大な結晶弾の群れが、円盤の重力場に捉えられ、軌道を捻じ曲げられて虚空の海へと逸れていった。
言葉も交わさず、一切の無線も発せず、彼らはただ冷徹な物理の力をもって人類の編隊の進路を切り開いていた。
「すげえ機動だ、ありゃあ化け物か」
操縦席右側で、剛田猛が血の混じった唾を吐き捨てた。
急降下の猛烈な重力加速度が、骨折した両腕の金属固定具を軋ませ、肉を締め上げる。
激痛に奥歯を噛み砕きながら、剛田は「さわや」の布巾が巻かれた操縦桿を力任せに押さえ込んだ。
固定具のボルトが外皮に食い込み、激痛が走る。
だが、布巾から伝わる手の温もりが、剛田の全身に力を満たしていた。
「おい陣内。機体が悲鳴を上げてるぞ。推進器を落とすなよ」
「言われるまでもない」
左側の陣内が、血走った眼で計器盤を睨みつけていた。
指先が超高速で冷却弁の操作盤を叩く。
「主機の電離気体温度、臨界直前。だが冷却配管の循環圧は正常だ。このまま海面高度百米まで突っ切るぞ」
風防の直下に、白く凍結したマリアナの海面が迫る。
波頭の形のまま硬直した巨大な六角柱の結晶群。
その中心に鎮座する巨大な正二十面体の敵性多面体が、回転の速度を上げた。
「敵性多面体、第一外郭の展開を確認」
副座席のみなみが鋭く叫んだ。
「中心核の周囲に高密度の結晶障壁を形成。通常兵器では貫通不能です」
「障壁ごとぶち破る」
多朗は額の端子を強く発光させ、残る二万七千機のドローン群を母機の両翼後方へと集結させた。
「ヨン番、ロク番、全ドローンの照準を敵の接合部へ固定。一斉掃射で道をこじ開ける」
『了解でござる、射撃諸元を全機へ転送完了』
『ぶちかませ、ボクたちの全力だ』
急降下の最下点、母機【NX零二】が水平飛行へ移行すると同時に、数万の火線が白き死の海溝へ向けて放たれた。




