修理完了 いざ出撃!
地下第三船渠には、夜も昼もなかった。
成増の頭上に広がる空が砕け散り、街が瓦礫の山へと変わってから丸一日。換気筒から吹き込む焦げ臭い煙の中、青白い溶接の火花が闇を切り裂き続けていた。
都立成増航空高校という隠れ蓑が消滅した瞬間、大人たちの肩書きも一変していた。かつて防衛官僚から「後藤三佐」と見下すように呼ばれていた後藤和明は、世界連合軍の直轄化に伴い、現場最高指揮官たる一等空佐、特務迎撃大隊長へと特別昇任していた。
同時に、教頭であった石田潔は二等空佐の統括参謀へ、そして叩き上げの整備屋である山口晃は連合軍の先任技術幹部たる統合整備統括長へと、それぞれ世界規模の戦時階級が与えられていた。
そして、赤塚三中の四人組のもう一人、参謀本部に籍を置く稲葉元秀もまた、世界連合軍の参謀本部直轄戦闘分析部隊長たる首席情報分析官として、極東の作戦全権を背負っていた。
中央の昇降台に鎮座する複座型中枢母機【NX零二】の姿は、痛々しいの一言に尽きた。
主翼の先端はねじ切れ、外装の耐熱装甲は熱で焼けただれて剥がれ落ちていた。推進器の噴射口は黒く炭化し、無数の亀裂が走っている。
「ヤマさん、そこの主翼付け根を三層で焼き留めろ。海溝深部の水圧計算値を送ったぞ」
鉄階段を駆け下りてきたのは、参謀本部の野戦服を着た稲葉元秀であった。その小脇には、宇宙監視センターと連携した最新の戦闘分析盤が抱えられていた。
「おうよ、ヤイジ。お前の弾いた分析数値通りに、頑丈な継ぎ目にしてやる。少しの狂いも出さねえよ」
作業服を油と汗で真っ黒に染めた山口晃が、大型の溶接機を手に怒声を返した。山口は昨夜から一睡もしていなかった。赤塚三中の母校校舎が無残に崩壊した悲しみを胸の底に押し殺し、血走った目で鉄の塊に向き合っていた。
山口が巨大な鉄槌を振り下ろすたびに、耳をつんざく金属音が地下全域に反響した。
「おいおい、手荒に扱うなよ。精密配線が狂うだろうが」
電子部品の束を抱えた統括参謀の石田潔が、二等空佐の階級章を胸に揺らし、眼鏡を押し上げながら駆け寄ってきた。
「五月蝿えぞキヨシ。精密機械なんざ後から叩けば直る。この装甲が紙屑みたいに破れたら、中に乗る多朗たちごと肉塊だ。絶対に貫かせねえ盾を作ってやるのが、俺の仕事だ」
山口が歯を剥き出して笑い、再び槌を叩きつけた。
操縦席の内部でも、泥臭い改修作業が続いていた。
山口の部下たちが潜り込み、主操縦席の脇にある機体制御手の座席へ、特製の支持金具を組み込んでいた。
「これでどうだ、剛田」
座席に腰掛けた剛田猛が、包帯と金属固定具で固められた両腕を突き出し、改修された操縦桿を握り締めた。
腕を動かすたび、背後から油圧補助具が剛田の太い腕をがっちりと支え、激痛を伴う筋肉の負担を肩全体へ分散させる構造となっていた。
「いけます、山口統括長。これなら、腕の骨がきしんでも、力任せに舵を引っこ抜けます」
剛田の瞳には、昨日の絶望の涙はなかった。操縦桿の基部には、赤塚新町の定食屋さわやの瓦礫から持ち帰った、きく子ばあちゃんの形見の布巾が固く結び付けられていた。
その隣で、陣内が配管の気密試験を繰り返していた。冷却弁の開閉速度を極限まで高めるため、予備の手動遮断弁が機関席の真横に増設されている。
「陣内、無理な加圧で指を痛めるなよ」
みなみが計器盤から顔を上げ、最新の空間計算盤を接続しながら声をかけた。
「問題ない。今度こそ、機関を限界まで回して多朗の背中を押してやる」
陣内は煤けた顔を拭い、鋭く笑った。
主操縦席に腰を下ろした多朗は、首筋の古代生体端子を機体の神経網へ接続した。
一瞬の閃光とともに、母機の骨組み全体へ多朗の意思が浸透していく。全身を巡る鈍い痛みを押し殺し、多朗は深く息を吐いた。
そこへ、足音が近づいてきた。
白い割烹着姿の琴音が、大きな木桶を両手で抱えて昇降台を上がってきた。
「みなさん、一度手を止めてください。温かい汁物を作ってきました」
琴音の声が、金属音の鳴り響く船渠に響いた。
木桶の蓋が開けられると、味噌と生姜、根菜の香ばしい匂いが立ち込めた。
「おお、これはありがてえ」
山口が工具を置き、真っ黒な手を腰の手拭いで拭って駆け寄った。参謀本部の稲葉も端末を置き、石田参謀とともに熱い椀を受け取った。
「琴音ちゃん、この味は」
山口が汁を一口すすり、目を見開いた。
「はい。きく子ばあちゃんの手帳に書いてあった、根菜の味噌汁です。生姜をたくさん入れて、身体が芯から温まるように作りました」
剛田も椀を受け取り、汁を啜った。
懐かしい祖母の味が、冷え切った身体に染み渡り、剛田の胸を熱く焦がした。
「うまい。本当に、ばあちゃんの味だ」
多朗は椀を置き、汗だくになって機体を守り抜く大人たちへ向かい、直立不動の姿勢をとって深々と敬礼を捧げた。
「稲葉分析官、山口統括長、石田参謀。僕たち搭乗員のために、不眠不休でのご尽力、心より感謝申し上げます」
山口が椀を空にし、乱暴に口元を拭って多朗の肩を小突いた。
「馬鹿野郎、堅苦しい敬礼なんかすんじゃねえ。分析官だの大隊長だの、いくら立派な階級がついたところで、俺たちはお前たちの親代わりだ。本当ならよ、こんな鉄の棺桶に乗せて戦わせるなんざ、大人の恥だ。赤塚三中の恥さらしだ。だがな、空が割れちまった以上、泣き言は言えねえ。俺たち将校にできるのは、世界で一番頑丈な鉄の城を仕立ててやることだけだ。絶対に、生きて帰ってこい」
「了解であります」
多朗が力強く応じた。
稲葉分析官が分析盤の数値を指差し、低く言った。
「上宮、気を引き締めろ。敵性多面体は海水を急速結晶化させながら浮上している。三次元の物理法則を無視した戦闘になるぞ」
その時、船渠の天井に据え付けられた警報灯が、真紅の閃光を放ち始めた。
壁面の受像盤に、宇宙監視センターからの緊急公電が躍り出た。
太平洋マリアナ海溝最深部にて、超巨大な敵性多面体が海面突破態勢に移行。世界連合艦隊、先鋒部隊が通信途絶。特務中枢迎撃大隊、直ちに出撃せよ。
「総員、配置につけ」
軍靴の足音を響かせ、昇降口から姿を現したのは、一等空佐の制服を身に纏った大隊長の後藤和明であった。その手には自動小銃が握られ、歴戦の指揮官たる冷徹な眼光を放っていた。
「稲葉、敵の進路予測は出たな」
「出ている。大隊長、針路は極東の海溝軸線上だ」
「山口、機体の引き渡しは完了したな」
「おうよ、後藤大隊長。抜かりはねえ。深海だろうが宇宙だろうが、絶対に砕けねえ仕上がりだ」
「石田参謀、直昇坑道の開放を行え」
「了解、坑道隔壁全開。射出機加圧を開始する」
四人の幼馴染は、一瞬にして世界連合の最高指揮系統の顔へと切り替わった。
「迎撃大隊、発進準備。徹夜の整備と分析の成果を、深海の化け物に見せつけてやれ」
「了解」
多朗、剛田、陣内、相羽が一斉に操縦席を整えた。
割れた空の下、最高幹部たちの魂が打ち込まれた鉄の母機が、いま静かに産声を上げた。




